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第57話

 暫くして、背中の方で、谷口が起きた気配がした。振り返るとトランクス一枚でバツが悪そうにベッドの縁に座っている姿が見える。私が笑いながら傍に行くと、谷口はゴメンと謝って、 「何か、最近疲れてて。」 と言い訳をした。 「シャワー、空いてるよ。」 私が促すと、あぁ、と返事してバスルームに向かう。その後ろ姿に年齢を感じる。中年オヤジと言う程では無いにしても、腰の辺りや腹についた肉が何となくだらしない。この程度なら、まだ原型を保っている方かも知れないが、昔はもっと細身で筋肉質な、スタイルの良い男だったのに、時間というのは残酷なものだ。そう言う私にしても、ただ痩せているというだけで大差はないのだけど。だから、時間は残酷だが平等だ、と言う事だ。  時計を見れば、もう日付を跨いでいた。谷口と一緒に朝を迎えるなんて、小恥ずかしい事をするつもりはなかった。本当は事が済めば、終電ででも帰ろうと思っていたのだ。しかし、先程の熱がまだ身体の奥で収まらずにいる。所詮、私は強がっていても、脆くて弱い人間だ。寂しいとか温もりが欲しいとか、誰かに傍に居て欲しいとか……そういう事を素直に言えないだけで、誰かにそうして居て欲しいと心底思っている。だから、こんな興醒めするような状況にあっても、寛大な振りをして待っているのだ。  谷口が知れば、弱みを握ったとばかりに、私の心に付け入ろうとするだろう。しかし、それも私にとっては悪い話ではない。昔みたいに、手当り次第誰とでも寝るなんて、もう、無理なのだから。しかし、そんな私の思考もお構いなしに、バスルームからは調子はずれの口笛が聞こえてくる。こういう所も変わらない。まぁ、似合の相手なのかも知れないな、と思った。  それから程無く、谷口がローブを羽織ってバスルームから出てきて、グラス一つとシャンパンのボトルを持って、私の隣に座った。そして、自分のと私のグラスに残りのシャンパンを注ぐ。谷口がグラスを持ち上げて差し出すので、つられて差し出して、グラスを合わせると、金属的な高い澄んだ音が響いた。 「お互い、年食ったよな。」 と笑いながら私が言うと、谷口が、 「同期の飲み会なんか、病気の話と健康ネタばっかりだ。」 と笑った。そして、 「浩介は、変わらないな。と言うよりは、痩せすぎてないか?飯、食ってるの?」 と聞く。それで、今日はまだ食事をしていない事を初めて思い出して、つい、 「そう言や、飯食ってない。」 と呟いた。 「…ん?そっか。会社から直に来たんだな。何か、ルームサービス取る?」 「…?あぁ、いや、良いよ。別に腹は減ってないんだ。酒も飲んだし。」 実際、空腹感はなかった。こんなに食べなくなったのは最近のことだけど、自分でも不思議な程、五感が鈍っている気がした。 「そお?本当に大丈夫?飯より俺って事?」 と谷口が私の顔を覗き込む。おどけた調子で笑うので、私も一緒に、 「飯とお前の二択かよ。」笑って、どうするかな、と考える振りをして見せる。そんな掛け合いが何となく、あの頃に戻った様な気持ちで、心地良かった。  谷口が笑いながら近づいて来て軽いキスをすると、それが、スイッチになって、数回、啄むように唇を合わせる。戯れ合うようなそれは、嬉しいような気恥ずかしいような、むず痒い感覚を引き起こす。目を瞑って、そんな優しいキスを繰り返すと、恋人同士にでもなった気分だ。このまま谷口を好きになれたら、私は幸せなのだろうか。しかし、そんな思考も、濃厚さを増す口づけに邪魔されて、意識の彼方へ消えていった。  後は急速に膨れ上がる性的欲求を、開放することだけに集中する。お互いのローブの肩に手をかけて脱がせ抱き合う。直接肌と肌が触れ合う、その温かさが快感となって、心も温めてくれる。言い知れない幸福感が胸に湧き上がって、深いため息をついた。

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