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第58話
何も感じられなかった心が、じわじわ温められて溶けていく様で、交わすキスが甘く感じられた。
谷口の唇が額に移動して触れる。それから、瞼に、頬に、耳朶に、仰け反らせた喉仏を辿り、鎖骨に優しくキスを落とす。徐々に降りて飾りにもならない胸の突起に到達すると、舌先で掘り起こすように転がした。性的な快感が増すが、下半身に触れて貰えない焦れったさに、乾ききらずに湿った谷口の髪を激しく乱し掻き抱く。
谷口は尚も執拗に胸の突起を舐めながら、今度は己の指を私の口内に差し入れた。谷口は指で私の舌を摘んだり押したりしながら指に唾液を絡める。口内に侵入して、舌を蹂躙する谷本の指に嘔吐きながらも必死にそれをしゃぶり、快感に溺れる頭の片隅で、昔初めて谷口の手を見たとき、とても綺麗で見惚れたのを思い出した。
その指が口から引き抜かれ、後の孔に侵入しようと、入口を撫で始めた。もっと奥への刺激が欲しくて、自然に腰が揺れる。自分の浅ましさに苦笑いしながら、自分らしいと思った。
こういう形で心の穴を埋めようとするのは二度目だ。その時も、好きだった人に振られて空いた心の穴を埋めたくて、こうして愛のないセックスに溺れていた。しかし、そんな事をしたって、その穴が埋まる事はなかった。それが分かっても尚繰り返すのは、その一瞬でも寂しさを紛らす温もりを求めていたからだ。
しかしその穴は、ただ埋まらないだけじゃない。どんどん拡がって大きくなる一方なのだ。それなのに、逆効果だと分かっていて、一人では足りなくて次から次に相手を増やして身体を重ねる。そして、あの頃の私は、心の穴が塞がらないと分かると、大きな穴をそのまま見ないふりをして、その穴に蓋をした。
あの時、渉は、そんな私の事を非難した。ちゃんと人を愛して愛されないと駄目なんだと、私に説教をした。そして、心の蓋を勝手に抉じ開けて、その中に無理やり入り込んで埋めた癖に、今頃になって大きな穴を開けたまま、何も言わずに出ていってしまった。なんて勝手な奴だろう。
すると、谷口が、今度は後孔に指を差し込み弄りながら、天気の話でもするように、何気ない口調で
「硬いな。ワタルはここ、気持ちよくしてくれなかったの?」
と聞く。感じる場所を刺激されて喘ぎながら、呼吸は荒くなって行く。
「渉の話……するな…よ。」
と途切れ途切れに抗議するが、谷口はしつこく渉の話をしたがった。
「いいじゃん。…ねぇ、ワタルは上手かった?」
感じる場所をわざと外され焦らされて、もどかしさに腰が勝手に揺れるのを谷口が笑う。私が何も答えないでいると、
「ねぇ、ワタルと俺、どっちのが好き?」
しつこい追求に堪え切れなくなって、喘ぎながら
「ぁっ…違うっ、渉とは違うっ、から…」
渉とは成り行きで私が抱いて以来、そういう関係だった。それは、谷口からすれば意外な事だろうが、私と渉の間では、自然な事だった。
「今日は、色々驚かされるよ。浩介が、タチとはね。相手が好きなら何でも乗り越えられるの?でも、こっちの方が好きでしょ?ね?どう?」
そう言いながら、谷口が己の屹立をぐっと後孔に押し込んだ。その途端、自分の声とは思えないような、鼻から抜けるような、甲高い嬌声が漏れる。
「浩介の好きなところ、俺はいっぱい知ってるよ。」
そう言って、腰を振り、私を揺さぶる。
「陽平……あぁ……はぁ……もっと来て。」
その後は谷口も渉の話はしなかった。ただ、動物の様に呻き喘ぎ、お互いの身体を貪り、果てるまで抱き合った。そして、相手の体温を感じながら私達は眠りについた。
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