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第61話
しかし、開いて直ぐに、差出人がよく知っている人物だと分かった。ここに引っ越して来る前に良く通っていた美容院のアシスタントのナオキだ。ナオキからメールが来るなんて初めての事だった。
『さいきん来てくれないんですけどお元気ですか
もしかして浮気してますか
もう半年近く会ってないですよね
ぜひまたカットとカラーに来てくださいね
僕もカット任されるようになりましたので
よろしくお願いします
ナオキ』
文面を見て、思わず笑ってしまった。句読点は無いし、平仮名ばかりだし、一文ずつ改行されている。それに、浮気ってどういう事だ?付き合った覚えはないぞ、と思ったけれど、他の店に行ってる事を疑っているのだとと気付いて、また笑った。半年前までは、ほとんど毎月、多いときは2回くらい行っていたのに、急にぱたりと行かなくなったのだから『浮気』を疑われても仕方ない。しかし、この場合、『浮気』と言うより『鞍替え』じゃないかと思う。いつか帰ってくると信じているから『浮気』なのか、単に言葉が出て来なかっただけなのか?
でも、これを真面目な顔で言っているナオキを思い浮かべると、何だか可笑しくて、ほっこりした気持ちになった。
そう言えば、ナオキにも何も知らせていなかった。まぁ、いくら仲が良かったとは言え、行きつけの美容室のアシスタントに病気してるなんて、中々言わないだろうから、それは仕方の無い事だとして、こうして気にかけて貰えたのは嬉しかった。そして、アシスタントからスタイリストに昇格出来たというのも嬉しい。入ったばかりの頃からずっと成長を見てきたから、本当に感慨深い。
直ぐにでも会っておめでとうを言いたいけれど、この体調では、電車を乗り継いで行くのは難しい。それに、今行ってもカットもカラーも、してもらう髪が無い。いつか治療が終わって髪が生えてきたら、ナオキにカットしてもらいたいと思うけど、何時になるか全く、見通しが立たない状況だ。
もし体調が良くて、顔を見に行けたとしても今の俺を見れば、ナオキは相当驚くだろう。でも、案外察しが良い奴だから、俺の様子に気が付いても、敢えて何も聞いてこないかも知れない。
…………でも、やっぱり行けるわけがないよな、と天井を見つめながら思う。そして、行かない理由をどう説明したら良いんだろう、と考えた。すると、程無くもう一通、ナオキからのメールが届いた。
『そう言えば、浩介さんの髪型どうでしたか
僕が施術させてもらったんです
浩介さんから聞いてますか
ちょっとやりすぎたかな
浩介さん、なにか言ってましたか
切ってからだいぶたちますので
また来てくださいって伝えて下さいね』
ナオキのメールにいきなり浩介の名前が出てきて驚いた。二人は面識がないはずなのに、当たり前みたいナオキが浩介の名前を書いていることが不思議で仕方ない。だから、本当に浩介の話だろうかと、疑ってしまう。でも、文面からもあの浩介で間違い無い様だ。
どんな経緯で二人は知り合ったのだろう。カットをしたということは、浩介が自分からあの店に行ったんだろうか。いつも古めかしい旧式の床屋に行っているのに、よく美容院に行ったな、と感心してしまう。キレイな顔立ちでスタイルも良いのに、服装も髪型も保守的で、全くおしゃれに興味のない浩介が、美容院に行く事にした経緯がとても気になる。それに、ナオキが言う『やりすぎた』髪型と言うのは一体どんな感じなんだろう。浩介がどんな風になったのか見てみたかった。
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