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第62話
でも、こうしてナオキが俺に連絡してきたということは、浩介は俺が出て行った事を伝えなかったと言う事だ。昔から自分の事はあまり話したがらなかったし、大胆な交友関係の割には案外人見知りだったから、会って直ぐの相手に自分の腹の中を見せたり出来なかったのだろう。
俺が、髪を切った事を知らないと話せば、浩介と一緒にいないことがナオキに分かってしまう。浩介が話したくない事柄なのに、余計なことを言って浩介に迷惑をかけるのは嫌だった。
しかし、浩介の様子もナオキから聞いてみたい。それとなく聞き出す方法は無いだろうかと思案して、メールの内容を考えて返事をした。
『ナオキ君、久しぶり。
メールありがとう。中々行けなくてゴメンね。仕事が立て込んでて行けなかったんだ。それと、ちょっと体調も悪かったんだよね。もう少し良くなったら、また行くよ。
浩介からは話は聞いていなかったんだけど、ナオキ君の店に行ったんだね。もうどれくらい経つかな。
浩介、どうだった?緊張してた?また切りにおいでって、ナオキ君から連絡してあげてよ。喜ぶと思うから。
佐々木渉』
嘘にはならない…………と思う。でも、少しだけ後ろめたさが残るのは隠し事をしているからだ。だからつい、送信した後に深く溜め息をついて、文面を見直した。不自然というか、嘘っぽいというか……とそんなことを考えていたら、またスマホが着信を知らせる。
『ありがとうございます
浩介さん、緊張してましたよ(笑)
なんかいちいち感動してて笑いました
あ、本人にはナイショにしてくださいね
来たのは9月のはじめだったと思いますけど
っていうか、ワタルくんが浩介さんの異変に気が付かなかったのが意外ですけど
浩介さんにもメールしてみます
ワタルくん仕事忙しかったんですね
近いうちにぜったい来てくださいね』
9月といえばまだ暑い時期だ。『大分経った』と言うにも日が経ちすぎている。営業メールにしてはのんびりし過ぎていやしないか、とまた笑ってしまった。俺にだって半年も待たないでもっと早くメールをしてもよいだろうに、ナオキの人柄が出ているな思う。
そして、メールの文面から、勝手の違う美容院で緊張気味に過ごしている浩介が目に浮かんだ。浩介と話せるなら少しだけ誂ってやりたかったのに、その瞬間に立ち会えなかったのが残念だった。ナオキが『やりすぎた』と言う髪型は、ナオキが思っている以上に、浩介には衝撃だっただろうから、似合っていると言ってやりたかったのに。
今も一緒に暮らしていたら、二人で笑いながらその話を出来たんだろうか。そうだったら、どんなに楽しかっただろう。
すると、俺の返信を待たずに、直ぐにナオキからメールが届いた。
『こんど三人で忘年会しませんか
駅前に出来た居酒屋なかなかいいですよ
二人でひにち相談してメールください
待ってますね』
全く、またナオキは難題を言って寄越す。二人で相談なんて、それこそ出来ない相談だ。だって浩介とは、もう話をすることも、メールも電話も出来ない間なのだから。こんな時、何と返事をすれば良いのだろう。悩み過ぎて胃に穴が開きそう…………これは冗談にならないけど。
こんなに真面目に考えなくたって、適当に返事をして軽く流せばいんだろう。でも、上手い嘘は思い浮かばない。
結局、一つ隠し事をすれば、それを隠すために、辻褄合わせの嘘を次々に吐かなくちゃいけなくなって、自分自身が苦しくなるんだ。だから、これ以上嘘は吐きたくなかった。ナオキにも、浩介にも。
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