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第64話
「で、何か悩んでるんですか?」
買った物を仕舞い終わって、部屋に戻ってくると紀が聞いてきた。何気ない口調ではあるけど、誤魔化しは効かないという圧を感じる。やはり見逃してはくれないようだ。
「前によく行ってた美容院の子からメールが来てさ。なんて返事しようか迷ってたんだ。」
スマホに目を落としてメールの文面を眺めながら答える。『二人で相談して』の部分を反芻しながら返答をする俺は、相当情けない顔をしていたのだろう。
「何か、辛そうですね。良くないメールだったんですか?」
とレジ袋のシワを伸ばしながら紀が言う。
「そうじゃないんだけど……まぁ……飲みに誘われたんだけど、どうやって断ろうかなと思ってさ。」
「なんだ、悪い話でもないじゃないですか。」
第三者の紀は楽観的だ。
「いや、誘われたのは嬉しかったんだけど。でも、ほら、今の状況は伝えてないから、何て言えば良いかなぁって考えてたの。」
しかし、紀は愚痴っぽい口調で話す俺を鼻で笑って、
「ふーん、そんなの「俺ガンなんで行けませーん」って言えば良いだけじゃないですか。」
俺は素っ気なさを通り越して、清々しい程刺々しい紀の言葉に、何故か必死で弁解してしまった。
「だって、いきなりこんな形 じゃ相手だってびっくりするだろ。それに、年末迄一月半近くあって一日も都合付かないとか、やっぱり不自然だし…………」
「ムキにならないで下さいよ。」
「何?紀君、今日機嫌悪い?」
話を途中で遮られて、ついけんか腰になってしまう。
紀は「いつも通りです」と言うけど、やっぱり今日は機嫌が悪そうだと思った。
「深刻な顔してるから何かと思えば、そんなことで悩む必要ないじゃないですか。」
と言って外方を向いて呆れたように溜め息をつく。そして、冷蔵庫を再び開けて、確認する様な口調で紀が問いかけた。
「そんなことより佐々木さん、食料、あんまり減ってないですね。今日の昼は食べました?」
紀の機嫌の悪さの原因が、なるほどそれかと合点がいったのと同時に、痛いところを突かれた気不味さに思わず声が小さくなった。
「ん?…………まだ」
しかし、それに対する紀の声音は思っていたのとは違っていた。
「少しずつでも食べないと良くないですよ。」
と優しい口調で諭すように紀が言う。それから、何か考えているのか、俺に返答を求めると言うよりは一方的に何やら話し始めた。
「……温めとか、やっぱり面倒ですよね。直ぐ食べられる方が良いのかな。でも…………今日もレトルトのお粥を買って来ちゃったんだよな。温めなくても美味しいって言っても、冷たいお粥は、やっぱりイマイチか…………」
珍しく紀がブツブツ独り言を言いっている。それから、
「取り敢えず、昼飯食って下さい。今お粥を温めますので。」
と言って、さっさとキッチンに引っ込んでしまった。暫くして、小さなお盆にお湯気が立つお粥の入ったお椀とスプーンを乗せて運んできたが、鮭フレークの瓶を添えてある。今日、買ってきてくれたらしい。いつもの梅干しのお粥より食欲をそそられる。それをベッドの上に座った俺の膝にお盆ごと乗せながら、
「熱いと思うんで、気を付けて下さいね。」
と微笑んだ。
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