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第66話
数日前にナオキからショートメールが届いた。そろそろ髪を切りに来てください、という営業メールと、来月忘年会をしましょうと言う飲みの誘いの二通だ。でも、こちらからは返事はしなかった。
髪に関して言えば、カットモデルで切って貰ったときに、随分らしくない頭にされて、暫く落ち着かない思いをしたし、忘年会はについては、ナオキとは酒を飲み交わす程の関係ではないからだ。それに年度末に向けて仕事が忙しくなっている上に、部の忘年会の他にも幾つか約束がある。その上引っ越しも控えているから、時間的な余裕は全く無かった。
大体、「そろそろ髪が伸びた頃でしょう」というが、ナオキの所で切ってから裕に二ヶ月は経っていて、私はその間二回床屋へ行った。本気で営業するならもっと前に連絡を寄越すだろうに、今頃になって、やっと思い出した様に送ってくるのだから、熱意の欠片も感じられないし、やる気のなさに呆れてしまう。
私は私で、ナオキにカットして貰った髪型を見た床屋のオヤジが、気を遣ったのか呆れたのかは知らないが、
「たまにはこんな若者みたいな髪型もしたいよなぁ。」
などと言うものだから、何だか妙に惨めな気分にさせられたし、その床屋に二回行ってやっと普段の自分の髪型に戻ったところなのだ。何もまたあの気分を味わいに行く程、自虐趣味はない。
そもそも、ナオキの誘いに乗ったのだって、渉の知り合いだったからで、髪を切りたくて行った訳ではなかった。あの時はまだ、渉の事が好きで未練があったから、少しでも渉の消息を知るチャンスがあればと、カットモデルを引き受けたのだ。しかし結局、渉の話も大して聞けなかったし、翌日から暫く、部下連中に誂われて、散々な目にあったから、骨折り損という以外の感情は持てなかった。
そんな訳だから、返事はしないで済ませようと思っていたのだ。しかしナオキは、こちらの事は二ヶ月も放ったらかしだった癖に、私が返事をしないでいると、毎日の様にメールを寄越すのだ。無反応なこちらも悪いが、ナオキもナオキだ。曜日も時間もお構いなしに、しかも、短文のメールを改行毎に送信してくるので、着信を告げるバイブレーションが鳴り続ける。小さな音とは言え、連続して鳴り続けるから煩くて、とうとう五日目には根負けして、『日にちが合えば行く』とだけ書いて送ってしまった。
が、実際は行くつもりなんて勿論なかった。現実問題、年末は忙しい。気分が乗っているならまだしも、全く気乗りしない相手に、少ない時間を割くほどお人好しでもない。それに、年末に引っ越してしまえば、年が明けたらこの街には居ないのだから、この先もう、ナオキに会うことないだろう。ナオキとも、渉の思い出とも今年いっぱいでお別れだ。
それに、ナオキだって、これだけ無視されて日にちが合えばなんて返事を受け取れば、ある程度察して諦めてくれるんじゃないかと、少し楽観的に考えていた。しかしナオキはそういうタイプじゃなかった様だ。
作業着の胸ポケットで震えたスマホを取り出すと、画面にナオキからのメールの着信の知らせが表示されていた。
時計を見るとそろそろ昼休憩が終わる頃だった。吸いかけの煙草を携帯灰皿に押し込んで、ポケットに仕舞いながら、スマホを開いてメッセージを見る。
ワタルくんとちゃんと相談して日にちを合わせて連絡下さい。と書かれているのを忌々しい気持ちで見遣って、そのまま閉じた。
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