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第67話
部屋に戻りながら、何故渉の名前が出てくるのか考えた。そう言えば、私はあの時、ナオキに渉と別れたことは伝えなかったのだ。そして、未だにそれを知らないということは、渉もナオキに話していないのだろう。ナオキと親しい渉が、何故そんな誤魔化しをするのか理解できなかった。私に遠慮しないで正直に言えばよいのに。
忘年会をしたいなら、渉と、渉の新しい恋人と三人でやればいいんだ。私に対して義理立てする必要なんてもう無いだろう。そういう所が渉らしいと言えばそうだけれど、私にとっては無用な気遣いだ。私は渉が考えている事の真意を測りかねて、戸惑いを感じた。
そして、私自身はこれ以上、渉の事で心を煩わされる事なく静かに過ごしたいのに、どうして外野が煩く言うのだろう。松井も谷口もナオキも、好き勝手なことを言って、私が前に進めないようにする。そう思うと無償に腹が立った。だから、腹立たしさに任せて、思ったままにメールを返したのだった。
『渉から聞いてない?俺たち別れたよ。だから、相談なんてしないし、渉が来るなら、尚更行くつもりはない。渉の新しい恋人でも誘えば良いんじゃないの?』
送信ボタンを押した後で少し後悔した。しかしこれが事実だし、つまらない言い訳をして渉の話をしつこくされるのはもう耐えられない。それにここまで言えば、ナオキも諦めるだろう。そう思っていたのに、彼の返事は想定外のものだった。
『別れたなんて知りませんでした』
『ワタルくん、何も言ってなかったのに』
『やっぱり、浩介さんに会わないとですね』
『忘年会じゃなくて、その前にふたりで会いましょ』
『いつにしますか』
馬鹿なんじゃないの?そう思った。
何で「会いましょう」ということになるのだろう。それに、短文連投にも腹が立つ。励まそうとしているのか面白がっているのか……?どちらにしても迷惑な話だ。
そろそろ午後の始業時間だというのに、煙草をもう一本咥えて火をつけた。
でも、ここまで言われると、断るのも面倒になった。きっとナオキは私が会うと言うまで約束を取り付けようとするだろう。私は、溜め息を吐きながら手帳を開いた。
私としては週の終わりの方がありがたかったがナオキの都合が付かず、結局、翌週の火曜日に……ナオキの月に2度の2連休の一日目らしい……遅くならないならという条件付きで、ナオキの休みに合わせて会うことにした。
今日も前回同様落ち着かない気分で一日過ごして、そそくさと退社した。今日は松井が外出していたので、私の様子をとやかく言う奴も居なかったのが救いだ。。
会社を出たタイミングでナオキにメールを送ると、すぐに『店で待ってます』と返信が来た。店というのはナオキの働くサロンだろうが、今日明日は定休日のはずなのにと、何となく嫌な予感が心に浮かんだのを、気の所為だと自分に言い聞かせながら、駅に向かった。
ナオキの店に着くと、店内に明かりが付いているが、営業している様子はなく、奥の方でナオキがマネキンで何か練習をしているのが見えた。暫く眺めていたが、気がつく様子もないのでドアをノックすると、ナオキが慌ててドアの鍵を開けてくれた。
「浩介さん、待ってました!」
「飲みに行くんじゃないの?」
「まぁ、そうなんですけど、ちょっとその前に髪切りませんか。」
嫌な予感が的中したが、これはある程度想定内。言われるだろうと思っていた。
「先週切ったばかりだからね。まだ切るとこ無いし。」
と一応断るが、
「大丈夫ですよ!いい感じにします。」
とナオキが自信に満ちた笑顔で言う。そういう問題じゃないんだけどな、と思いつつも、もう一度断るのが面倒になった私は、ナオキに促されるまま店内に入ってしまった。
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