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ch.7

翌日、土曜日。父さんと母さんは近所の懇親会だかに朝から出かけ、妹のローラも遊びに行ったから、僕はひとり、家でゴロゴロしていた。両親は帰ってきてもやっぱり僕の体については触れず、そして妹はまだ知らされていないらしく、普段通りの雰囲気のままであることがありがたかった。 そして日曜。ジャスト15時に来客を告げるブザーが鳴って、テイラー先生が現れた。 両親と玄関に迎えに出ると、先生は「こんにちは、失礼します」と丁寧に挨拶をした。 今日の先生は、これまでと雰囲気がまるで違った。オールバックの髪を七三に分け、シルバーのハーフリムの眼鏡をかけた顔は、少し近付き難いほどシャープで知的に見える。テーラードなのか、濃紺のスーツと白いシャツのシルエットはとても綺麗で、細かな小紋柄の濃いマルーン色のタイが全体的にクールな印象の中に暖かな差し色としてよく映えていた。 神妙な両親にリビングに案内されながら、先生は僕にだけ見える角度でいつもの笑みを見せて、「やぁ」と内緒話みたいな挨拶をくれた。 リビングに家族が集まり、母さんが先生にお茶を出すと、家族に囲まれた先生は会釈をして、一つ息をついた。 「今日はお時間をいただき、ありがとうございます」 きりっとした声と表情に、両親とローラが緊張するのがわかった。はなから緊張していた僕は、尚更ドキドキした。 先生は名刺を父さんに渡して丁寧な自己紹介をすると、ゆっくり僕らを見回した。 「あまり緊張しないでいただきたいのですが、ウィル君のことはご家族にとっても小さからぬ事柄だと思いますので、十分にご理解していただけるまで、しっかりお話しさせていただくつもりです」 「はい、わかりました…」 父さんは、深く頷いた。 「よろしくお願いします」 僕の隣にいる母さんは、僕の右手を握った。 事情を知らないローラは、突然現れたイイ男に興味があるのか、訳がわからずも大人しくしている。 僕は、まるでおカタい金融系のビジネスマンみたいな先生を見つめながら、静かに深呼吸をして、覚悟を決めた。 先生は、あの日、僕に渡した物と同じプリントや書類を取り出してテーブルに置くと、順を追って最初から話し始めた。 僕が診察と検査を受けることにした経緯、来院した日、僕の様子、検査結果まで一通り、寸分の間違いもなく詳しく話した先生は、一旦息をつくと「何かありましたら、遠慮なくおっしゃってください」とお茶を飲んだ。 父さんは、とても信じられないといった顔で、言葉も出ないようだった。 今、初めて事実を明かされたローラも、やっぱり信じられないという顔をしていた。 母さんの顔は、なんだか苦しそうだった。 母さんの手を強く握ると、母さんも強く握り返した。 そもそも、家族に知ってほしくてこうしたわけではない僕は、当然、だからといって事実を受け入れようと思い直すわけでもなく、ただ黙って先生を見つめていた。 そして「では」と数枚のプリントをテーブルに並べた先生は、僕の"疾患”の詳細な説明を始めた。それはあの日、僕に話した内容よりもっと細かく、今後の可能性についても起こり得るケースや状況を全て述べていた。それらは、目の前に置かれたプリントにちゃんと書いてあるらしいけど、僕はしまい込んだまま読んでいないから、今初めて聞くようなこともあった。そして最後に、引き続き継続的な検診を行い、今後、もし何かしらの変化、例えば生理が始まるとか、体の他の箇所に発育するというようなことなどがあれば、その時々で適切な対応をしていくつもりだ、と言った。 ぼんやり先生の話を聞いていた僕は、仕方ないことだとしても、僕のジョセイキが“疾患”として語られると、酷く辛い気持ちになることに気がついた。それが病気だと思うと、ただでさえ受け入れがたいのに、余計に疎ましく思えて、胸が苦しくなった。 「…ウィル君、大丈夫かい?」 目ざとく気づいた先生が、優しい声を僕にかけた。 不安そうな母さんが、僕の背をそっと撫でてくれた。 「…平気です、大丈夫」 「そうか、無理しないで、席を外してもいいからね」 「大丈夫です、続けてください」 怖いくらい真剣に僕を見つめる先生に、少し笑って頷いた。 「…でもまぁ、機能していないならよかったじゃないか」 父さんの言葉に、ドキリとした。僕自身、それは救いでもあったけど、他人にそう言われると、僕は不完全だと言われている気がしてキツかった。 「シールズさん、それについては、他人が良し悪しを決めることではありません」 きっぱりとした先生の言葉に、リビングが静まり返った。 「これはあくまでも例えですが、仮に同様の症例の人が、この先、妊娠をして子供を持ちたいと考えるようになった場合、機能していないことが必ずしも"よい"とは言えません」 「…」 「ですから、勝手な判断はせず、過剰に反応するのでもなく、ウィル君の体を正しく理解した上で、彼に接していただきたいのです」 「…わかった」 父さんは、呻くような返事をした。 「それと、ウィル君がご家族に言えなかったことを責めたりしないでください、彼はとても混乱して、恐れていました…病院に行くのも検査を受けるのも大変勇気がいることだったと思います…ご自身の体にもし同じことが起きたらと考えていただければ、どれだけの驚きや衝撃があるか…ご理解いただけますよね?」 俯いた父さんは、喉で小さく呻いた。 母さんは、「えらかったわ」と僕の肩を抱いてくれた。 ぽかんとしていたローラは、「そーだね」と呟いた。 先生は、「疑問や質問がありましたらどうぞ」と僕らを見回したけど、誰も、何もなかった。それだけ彼の説明は詳しく、わかりやすかった。 「…では、これで失礼したいと思います、今後、疑問でも相談でも、何かありましたら遠慮なく主治医の私にご連絡ください」 先生は、僕ら家族に安心してほしいという風に微笑むと、お茶を一口飲んで「ごちそうさまです」と腰を上げた。 そして僕は、慌てて彼を止めた。 「ちょ、ちょっと待って、先生…!」 「?」 「パパ、ママ、先生が僕の検査のお金、払ってくれたんだ」 僕の言葉に、両親は驚いて先生を見た。 先生の涼しい顔に、苦笑いが浮かんだ。 ここまで、話の主題のインパクトの大きさゆえに、両親がお金のことまで頭が回らなかったのは仕方ない。それはともかく、お金のことに触れなかった先生はわざととしか思えなかった。 父さんは「どういうことですか」と困惑して、母さんは「おいくらですか」と恐縮して、ローラは「先生やさしー」と目を輝かせた。 「自分で払うつもりだったけど、先生が本当は親が払うべきだって、でも、僕が言ってなかったから…先生が…」 「ウィル君」と何か言いかけた先生に財布を持った母さんが駆け寄って、結局、彼が立て替えていた検査代は、ようやく僕の両親がちゃんと払う形になった。 先生の訪問は、ちょうど1時間くらいで終わった。 母さんの「よかったら夕食でも一緒に」という誘いを先生は丁重に断ると、「ぜひご家族で話し合う時間にされてください」と笑い、玄関に向かった。 そして僕は、「送ってくる」と叫んで、車に向かう先生の背中を追いかけた。 「先生!」 「ん?」と振り向いた先生は、早速、鬱陶しそうにタイの結び目を緩めている。 その感じはいつもの彼で、僕は少し、嬉しくなった。 「あの、ありがとうございました、本当にーーー」 「君、この後、暇?」 「え、はいーーー」 「乗って、車」 「どうしてですか?」 「いいから」 助手席に乗り込むと、運転席に滑り込んだ先生はあっという間に車を出した。

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