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ch.9

そして、8月の3週目。僕は、友人達とイングランドの南部、ブライトンへバカンスに行った。メンバーは僕を含めて4人、皆、同じフットボールクラブで普段から仲がよく、学校の内外でもよくつるんでいるメンツだった。 去年、学年がシックス・フォームに上がったことで、両親がついに子供だけで遊びに行くことを許してくれ、冬のうちから彼らと“最高の夏”の計画をしていた。僕にとって、初めての友人達だけでの遠出というイベントは、すごくクールで大人っぽいアクティビティに思えて、長いこと楽しみにしていた。 ブライトンの滞在は1週間。海辺からそう遠くないコテージを借りて、毎日ビーチに繰り出して泳いだり、観光名所の展望台や水族館を見たり、堤防の先の遊園地で遊んだり、夜はローカルなパブでご飯を食べたり(みんなまだ17歳の未成年だから、お酒は飲めなかったけど)と、楽しい日々を過ごしていた。 そして5日目の夜。その日は、大きなショッピング・センターで買い物やお茶をして、繁華街にある地元の定番というフィッシュ・アンド・チップスのお店で夕食をし、そのまま海へ向かった。 時間は21時くらい。ようやく夜の帳が空を覆い、薄闇に包まれた海辺で、僕らは「ナンパでもしようぜ」とワイワイしていた。とはいえ、女の子に片っ端から声をかけても相手にもされなかったのは、僕らが子供っぽいからだろう。 やがて、ナンパを諦めた僕らは、開放感に任せて馬鹿な遊びを始めた。ビーチ・フラッグスと王様ゲームを組み合わせたようなもので、お酒も入っていないのに白熱した。 その6ゲーム目だったか。勝者はダニーで、残りの3人がくじを引き、僕は2番になった。ダニーはニヤニヤして、「1と2、3番を脱がせ!、そんで3番は裸でブリッジな!」と叫んだ。それを聞いた僕は、瞬時に肝が冷えて動けなくなった。 「おい、ウィル、やれよ!」 ダニーは叫んだけど、動かない僕に痺れを切らして、1番のヒューと一緒に3番のキースに掴みかかった。それは、よくある少し度が過ぎた悪ふざけで、彼らはわめいたり笑ったりして取っ組み合っていた。結局裸にされたキースは、「お前ら見とけよ!」と開き直って、砂の上に大の字で寝転がった。 僕は、思わず彼の股間を見ないように顔を背けて、声を張った。 「…ごめん、なんか、気分悪い」 口々に「え?マジ?」「どうした?」と僕を伺う声を背中で聞いて、「先にコテージ帰ってる!」と叫んで、その場を離れた。 コテージの僕の部屋に直行して、そのままベッドに潜り込んで布団を被った。ダニーに悪気はこれっぽちもないことはわかっていても、そういう問題じゃない。もし、あの罰ゲームの対象が自分だったらと思うと、まるで生きた心地がしなかった。仮にそうなったとしても、暗かったからバレなかっただろう。そう思っても、それでも恐ろしくて、寒くもないのに体が震えていた。 1時間ほどして、彼らがコテージに帰ってきた。僕の部屋のドア口で、ダニーとキースが「大丈夫か?」「体調どう?」と僕を伺うのが聞こえた。 「へーき、なんかちょっと、熱っぽくて気持ち悪い」 布団を被ったまま、答えた。 「薬持ってる?」「買ってこようか」「店、やってる?」「どうだろ」 と話している2人に、「ありがと、もう寝ちゃうから、気にしないで遊んでて」と言った。というより、頼み込む気持ちだった。 彼らがすんなり「わかった」「なんかあったら言えよ」とドアを閉めていなくなってくれた時、思わず安堵のため息が漏れていた。 そして、寝室が個別であることに感謝しながら、このまま寝てしまおうと目を閉じた。 ブライトンでの残りの2日、僕はひとり、コテージに籠もって過ごした。 友人達はさっぱりしたもので、僕を気遣いながらも、昼から夜遅くまで外に遊びに行き、放置してくれるから助かった。 バカンスの全日程を終え、電車でロンドンに戻り、ウォータールー駅の乗り換えでダニーとヒューと別れ、ロンドン・ブリッジ駅でキースと別れた。ようやくひとりになった僕は、一気に緊張が緩んだのか、あやうく地下鉄の中でへたりこんでしまいそうになった。 そして、自分でもびっくりするほどの疲労感を抱えて家に帰り着いた僕は、家族にろくに「ただいま」もしないで部屋に駆け込み、先生のクリニックに電話をした。 次の予約は、翌週の金曜日。夏休み明け、9月の最初の週末に取れた。

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