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ch.14
12月の3週目の金曜日。クリスマス・ホリデーに入る週末の直前、模擬試験の結果が出た。そして、相変わらず虚しいオナニーを続けていた僕は、先生を恋い慕う気持ちより虚しさが勝ってもなお、彼に会いたい気持ちが日に日に増して、ついに、クリニックに予約の電話をかけた。
翌週、23日の金曜日、いつもの時間。クリスマスのカウントダウンに浮足立つ街を歩いて、クリニックに向かった。随分久しぶりだったし、あれからすっかり変わってしまったと思う僕は、どうしたって緊張していた。
僕を迎えたファロンさんは「お元気になられたみたいで安心しました」と恐縮してしまうくらい気にかけてくれていた。
「ご迷惑をおかけしてすいません」と謝ると、「迷惑だなんて!先生も私も、あれから『大丈夫かな』って心配していたんですよ」と言われて驚いた。彼女はカルテを見ているはずで、僕のことはある程度知っているだろうけど、そんなことより、普段から先生が僕を気にしてくれている事実を知って、すごくドキドキした。
「やあ、久しぶりだね」
僕を迎えた先生は、季節が変わり、冬の装いになっていた。今日もタイはなく、薄ピンクのボタンダウンシャツの上に飴色のカーディガンを羽織り、スラックスではなくコーデュロイ地のパンツのコーデは、これまでで一番カジュアルだった。
嬉しそうに笑って、「顔がガチガチだ、寒かった?」と心配されるだけで胸がいっぱいになった僕は、平静を保つのに苦労した。
「いつ以来だ?10月の頭か…」
「はい、随分前に感じます…あの時、僕、おかしくて、いっぱい寝かせてもらって…」
「そうだった、それで今日は?体に何かあった?」
「体は何も、前と変わらないです…」
後ろめたくて、マグでもらったカフェラテに口をつけながら目を逸らした。
本当は、あれからオナニーを覚えて、以来毎日のようにしていると報告するべきなんだろう。だけど、それが先生のアドバイスで始めたことだとしても、彼への想いに結びついてしまっている今となっては、とても言う気になれなかった。
「そうか…じゃ、何かあった?」
僕がここに来る時はいつも、何かがあってのことだったから、探るような目で見られても仕方ない。そして、特にそれっぽい理由も思いつかない僕は、苦笑いを返した。
「別に何もないんですけど…10月は勉強に集中してて、11月は模試があって、先週模試の結果が出て…落ち着いたら、たまには先生の顔見たいなって思ってーーー」
「そうか、Aレベルの模試って11月だったな、一言でも教えてくれれば心配しなかったのに」
意外な言葉にドキリとしたけど、主治医として心配するのは当然だと自分に言い聞かせる。
「それで、結果はどうだった?」
「ギリギリA判定でした、このまま頑張れば、たぶん受かると思います」
「よかった…本当に」
背もたれにどかっと沈んだ先生は、まるで自分のことみたいに安堵してるように見えた。
「この前の君の感じだと、勉強に集中できなくても不思議じゃなかったからさ…」
「それが逆で…女の子とかセックスとか、自分の中でシャットアウトしちゃったから、勉強ばっかしてました、自分でも引くほど…かえってよかったのかもーーー」
「とても年頃の男の子と思えない」
目を丸くした先生は、「ごめん」と改まると「じゃあ、全然遊んだりしてない?」と聞いた。
「はい…バイトしてたくらい」
「マジか」
「ヤバいですか?」
「ヤバくないけど、あんま、健康的じゃないな…」
「ハハ」
「…それで、この後、予定は?」
「特にないです」
「そーか、じゃ、デートでもするか」
以前なら、そんな言葉はジョークで受け流せたのに、今じゃできない。顔が赤くなった気がして、気づかれないよう願いながらラテを飲んだ。
「どこで?」
「定番のやつ」
そう言って先生は、ニヤリと笑った。
クリニックを出た先生は、「冷えてきたな」と白い息を吐いて、「寒くない?」と車に直行した。黒いウールの膝下丈のコートに濃いグレイのストールを巻いて、ブーツタイプの革靴を履いた格好は、細身のコートが長身を引き立ててとても素敵だった。
久しぶりのドライブは、西へ向かっていた。目的のどこかへ着くまでの間、彼は世間話をぽつぽつしていたけれど、車にふたりという状況だけで意識してしまう僕はろくに話が頭に入ってこず、「あぁ」とか「うん」とかいう生返事ばっかしていた。
そして車は、夏に一度来た、ハイド・パークの地下駐車場に入っていった。
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