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ch.21
「………」
気がつくと、先生の腕の中だった。
名前を呼ぶ前に、まだ彼が僕の中にいることがわかった。僕らが繋がるそこはとても熱く、彼も僕も動かないから、僕らはきっと、溶け合ってしまったのかもしれないと思った。
「…かわいいウィル」
小さく呟く先生は、柔らかな眼差しで僕を見つめていた。
男として、かわいいと言われるのはなんだか違う気がした。けれど、彼の言う“かわいい”は、その言葉の意味を果てしなく越えた想いがあるってわかったから、僕は、すごく幸せな気持ちで胸が張り裂けそうになった。
「…あれっ、く…」
「うん」
「…だいすき」
「…うん」
「…あれっくっ」
どうしてかわからないけど、名前を呼んでいるうちに泣いてしまった僕は、後から後から溢れてしまう涙を止められなくなった。
「…ウィル」
僕を強く抱き直した先生は、頭を抱いて、髪に頬擦りをして、何度も「愛してる」って囁いていた。
先生の縮んだペニスが抜かれて、泣き止んだ僕の嗚咽がすっかり落ち着いてからも、僕らはしばらくそのまま抱き合っていた。ウトウトとしてはっと目覚めても、この安らかな幸せは夢でなく、重ねた温もりは離れがたかった。
だけど、のんびりはしていられない。
「帰ろう」
そっと体を離し、起き上がった先生の横顔に、少しだけ陰が見えた気がした。
* * *
先生の家を出たのは、もう昼過ぎだった。
あまり遅くなり過ぎると不自然だから、途中で遅いブランチを食べて行くのを諦めて、車はまっすぐ僕の家に向かっていた。
道路の雪は既に溶けていたけど、吹雪いていた昨夜に比べればかなりスローペースなドライブだった。昨夜のように、雪に覆われて様変わりした街並みを眺めながら、先生と繋いだ指で想いを伝え合っていた。
車は昨夜のルートを外れてブルームズベリーに向かい、いつものラッセル・スクエアのスタバに寄って、先生のコーヒーと僕のラテ、そしてフードをいくつかテイクアウトして、再び僕の家に向かった。
ラテを半分ほど飲んで空腹が紛れたところで、僕は、思い切って口を開いた。
「…先生?」
「ん?」
「…先生、彼女、いるよね?」
「ああ、随分前に別れたよ」
「…そう、だったんだーーー」
「うん」
「…僕たちのこと…僕の親に、言う?」
「いずれはーーー」
「僕たちのこれは、悪いこと…?」
「どうして?何も悪くない」
「…」
「何もーーー」
「でも僕…まだ、親には言いたくない…」
「…うん」
「…もし言ったら、もしかしたら、僕の父さんも母さんも、先生を悪く思うかもしれない………」
「…そうだよ、僕の問題だ」
「…」
「悪いのは、僕だけだよ」
コーヒーに口をつけ、一息ついた横顔は、あまり見たくない陰りがあった。への字に結んだ唇に、僕が切ない気持ちになる。
「不安にさせて、ごめん」
「………?」
「僕は、これでもいい医者って自信あったんだ…自分で言うのもなんだけど、実際評判いいしね…」
そう言って苦笑する声のトーンは、ただ、シリアスだった。
「…なのに、君をうまくケアできない自分に腹が立ったよ…出会った日だ」
「…」
「だから、君に上手に向き合えれば、もっといい医者になれると思ってた」
「…」
「けど、だめだった…」
“だめ”が酷く辛いことのように聞こえて、僕は、悲しくなった。
「…いい医者どころか、僕は、絶対にしないと決めてたことを破った」
「…」
「僕らがどうであっても、君のご両親は、僕を信頼できなくなるだろう…」
「…っ!」
これが親に知れれば、主治医を変えさせられるどころか、最悪、騒ぎ立てられて二度と会えなくさせられてしまうかもしれない。そう思い至るとゾッとして、生きた心地がしなかった。
「当然だと思う…」
「…先生、後悔、してる…?」
「まさか」
「…」
「こうなったことには、少しだって後悔なんてしてない」
先生は、彼の家を出てから初めて、優しく笑ってくれた。
「…先生」
「うん」
「…僕にプッシーがなくても、僕のこと…好きになってた…?」
「あってもなくても、君は君だ」
「…」
「だけど、君がその体じゃなかったら、君と出逢えてなかった…」
「…うん」
カップをドリンクホルダーに戻した先生が、手を伸ばした。僕はその手を取って、握り返した。僕の手を強く包む温かな手の指先は、少し冷たかった。だから僕は、僕の右手を包む彼の手に左手を重ねた。
僕らはまた口をつぐんで、僕の家につくまで、ラジオから流れるパーソナリティーの陽気なお喋りを聞いていた。
僕の家に到着すると、先生は、すっかり医師の顔をしていた。
離れがたい気持ちを抑えながら、僕は繋いでいた手を離した。
「…ねぇ、先生」
「…うん」
「悪いとかだめとか、言わないで、ほしい…」
「………」
「先生は、僕の主治医だから…」
僕を見つめる顔がはっとして、強張っていくのを見つめながら言った。
「僕には、先生しか、いないから…」
先生が静かに腕を伸ばして、僕も、彼の背中に腕を回した。僕らの始まりも、ここでこうしていたと思い出しながら、強くしがみついた。
先生は僕の後頭部をあやすように撫でながら、「ごめん」と言った。
その顔は見えなかったけど、僕を抱く腕は強くて、それだけで嬉しかった。
「ウィル、心配させてごめん…」
首を横に振って、彼の首に頬擦りをした。先生の匂いからも、温かい肌からも離れがたいと思った。
「このことは、僕からちゃんと、親に言うから…言える時になったら、言うから…」
僕を抱く体が、ウンウンと頷いた。
「それまで、先生も秘密にしてて…」
「わかった」
もう一度、大きく頷いた先生は、僕の肩をそっと離した。
「…愛してるよ、ウィル」
僕の目をまっすぐ見つめて、アレックは言った。
「僕も…愛してる、アレック」
弾かれたように抱き合った僕らは、離れがたい想いを口づけで苦しいほど伝えあった。
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