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ch.24
気がつくと、先生の腕の中だった。
どこか狭い所で体を寄せ合う僕らを、ブランケットが覆っている。彼に温められている僕は、柔らかな安らぎに包まれていた。
恍惚に弛んだ頭と体では何がなんだかわからないけど、穏やかな彼の顔が見えて嬉しくなった。
「…ここは?べっど?」
「君がいつも座ってるソファ」
「…すごく、きもちよかった…」
「深いトコロでイッたから」
「…ほんとに、てんごくにいってた…」
先生はクスリと笑って、僕の髪に口付けた。
「…すごく、あいたくて、くるしかった…」
僕を強く抱き締めた彼は、髪に押しつけた口元でウンと頷いた。
「…おなにーいっぱいして、べんきょうできなかった…」
「…よくないね」
「…あれっくのちかくに、いれたらいいのに…」
「わかってる…」
「…もうすこしだけ、こうしてたい…」
「うん」
それからしばらく、恍惚とカラダの残り火が冷めるまで、僕らは抱き合ったまま、幸せな静寂に耳を澄ませていた。
* * *
いつものように、「送ってく」と身支度を済ませた先生は、僕が汚したニットベストとシャツを着替えていた。
「ごめんなさい」と謝ると、ポカンとして、それから軽くキスをくれた先生は、「早く帰ろう」と笑った。
外に出ると、凍てつくような冷気が肌を刺した。先生は僕のマフラーを整えてくれると、「風邪を引かせられない」と僕の手を引き、足早に車に向かった。
車の中で、僕らはあまり喋らなかった。気怠い幸せに包まれて、手を繋いでいるだけで幸せだった。
だけど、僕の家が近づくにつれ、僕は束の間、忘れていた寂しさを思い出して、思い切って口を開いた。
「…先生の連絡先、知りたい」
「うん」
先生はスマホのロックを解除すると、あっさり僕に差し出した。
「…いいの?」
「断る理由がないよ」
少し呆れたように笑う彼に、なんだか肩透かしを食らった気持ちになった。
「…教えてくれないと思ってた」
「どうして?」
「先生は、僕の、知ろうとしなかったしーーー」
「知りたくないわけじゃなかったよ」
「…」
「君の邪魔になるかもしれないから、あえて僕からは聞かないつもりだった」
「…知ってても知らなくても、邪魔になるよ…」
連絡先を登録してスマホを返すと、先生は苦笑した。
「トークか、メッセージだけにしよう」
「ビデオ通話のセックスはなし」
「すごくしたいね」
「したい」
「でもなしだ、君の勉強に支障が出る、だろ?」
「…声だけでも聞ければ、僕は嬉しい…」
先生は、返事の代わりに僕の手を強く握った。
車を降りる間際、先生を見つめると、黙って抱き締めてくれた。
彼の頬や耳に頬をなすれば、幸せでため息が漏れた。
「また、来週…クリニック、行きたい」
「…待ってる」
その囁きだけで、どれだけ胸が満たされるか、彼がわかってくれたらいいのにと思う。
そして僕らは、長く離れがたいキスを交わして、「おやすみ」を言って別れた。
* * *
この日、通院後には遅く、バイト後には早すぎる中途半端な時間に帰宅した僕に、母さんが不思議な顔をした。今日僕は、クリニックに行くとは家族の誰にも言っていなかった。
「おかえり、バイトだったっけ?」
「違うよ、ちょっといいことあって…」
「夕食いる?」
「着替えたら食べる」
「それで、いいことって何?」
「…カノジョ、できた」
「ああ」と目を丸くした母さんは、ホッとしたような顔でお茶の用意を始めた。僕の“体”を家族が知ってからこれまで、僕にはステディな相手がいなかったことになっている。(リズとのことは一瞬で家族に言うまでもなかった。)
「よかった、どんな子?」
「かわいいよ、歳上の大学生、バイト先でたまに見かけてた」
「そう、いつか連れてきて」
母さんがそう言うのは、僕はこれまでの彼女を積極的に家に連れてきていなかったからだ。とはいえ、両親は僕の彼女について深く詮索してくるタイプじゃないから、カノジョを作っておくことは、これからの嘘のために都合がよかった。
「そうする」
部屋に行こうとすると、リビングでスマホを覗いていたローラが僕を見て顔をしかめた。
「ね、ウィル、なんか変」
「何」
「なんかさ、ぼーっとして、ヘラヘラしてない?」
「コイしてんだよ」
「へー、うらやましー、ノロケとかやめてね」
「お前はどうなの?」
「聞きたい?」
「別に」
「なかなかいないんだよ、ウィルの先生みたいなイケメン」
「顔かよ」
「顔だよ!ウィルの彼女だって顔でしょ?」
「お前に関係ない」
痛い腹を探られる前に、僕は部屋に向かった。
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