28 / 42

ch.28

車の中で、僕はスタバのラテで体を温めて、先生はコーヒーを飲んでいた。そうでもない時は、手を繋ぎながら、時々他愛のないお喋りをする。そうしようと決めたわけじゃないのに、僕らのルーティンが自然とできあがって、今夜も当たり前みたいにそうしていることが、なんだかすごく嬉しかった。 「…アレック、僕、今日…」 「うん」 「ファックしてる時…アレックは“先生”じゃなかった、“先生”だって、忘れてた…」 「ファックはお行儀が悪い」 先生は苦笑して、「よかった」と僕の手を握る指を強めた。 「うん…ねぇ、アレック?」 「ん?」 「…アレックは…コドモ、ほしい人?」 「コドモ?」 「…赤ちゃん」 彼は驚いて僕を見ると、慌てて進行方向に顔を戻した。 「いきなり、どうしたの?」 「…別に…もし、僕がコドモができる体なら…アレックはどうしてたんだろうって思ってーーー」 「ゴムはつける」 「…当然」 「そういう話じゃないな、ごめん…」 「…」 「ウィル、君は…コドモがほしいの…?」 「……たぶん、そういうのは別に、ほしくない…今は、今はそう思うーーー」 「うん、それでいい」 「…うん」 「僕が言いたいのは…この先、例えば僕でも別の誰かでも、パートナーがコドモをほしがってるからって、君の気持ちを無視してまで体を変えようとか、そういう治療しようとかしなくていいんだ」 パートナー。新しくて、不思議な感じがする言葉に少し驚いたけど、それが、彼なら…彼であってほしいと思った。 「君の体は君のものだよ、君がどうしたいかを最優先でいてほしい」 「…」 「…もしその時、ほしいと思うなら、僕は主治医としてちゃんと対応する…簡単な話じゃないからね」 「…うん」 喉に言葉にならないものがこみあげて、鼻の奥がツンとして、慌てて繋いでいた手を解いてラテを飲んだ。 「…僕は」 「うん」 「…僕は、あそこを見せるのも、僕のパートナーも主治医も…アレック以外、考えたくない…」 「うん」 ラテのカップをホルダーに戻した手を先生が探って、僕はその手を取った。 感極まっていた僕を知ってか知らずか、僕を包む手は優しかった。 「…ああ、君を舐めてイかせてなかったな…」 しくった、みたいな横顔の彼が、好きだと思った。だから、握った手の甲にちょっとだけ爪を立てた。 僕の家に到着して、僕らは、自然に腕を伸ばしてハグをした。 「…口でしようか?」 「今ここで?」 「うん」 抱き締めた体で感じるいたずらっぽい声が、幸せだった。 「来週、いっぱいして」 「…来週、君の誕生日だ」 「覚えてたんだーーー」 「当たり前、2月の15日…水曜日か」 僕を抱く腕が外れて、腕の時計を確認した。 「…もし、会いたいって言ったら…?」 「僕はクリニックにいる、大丈夫」 「…でも急に水曜に行ったら変だし、家族にもまた嘘つかなきゃ…いつも通り、金曜でもいい?」 「それでいいよ」 「うん」 「…それでもし、できるなら…その翌日の土曜日…デートでも行かない?ちゃんと、昼間から…」 思いがけない提案に、胸が弾んだ。飛び上がりたいくらいだった。 「…行きたいっ、アレックの家、泊まりたい」 「話が早いな」 僕の頬をなする頬がクスリと笑った。 「なんとか…する」 「うん」 「…じゃあ、帰る」 「うん」 足りないオーラルセックスを補う濃厚な口づけを交わした僕らは、今夜も、離れがたい「おやすみ」で別れた。 そして、帰宅した僕は、母さんとローラに「彼女と会ってた」とさりげなく伝えて、「来週末、彼女んちに泊まりに行く」と報告した。 母さんは「失礼のないようにね」と言った後で、「うちに連れてきたっていいのに」と少し不満そうだった。 「もっと親しくなったらね」と答えた僕に、妹が「ヤりに行くんだ」とニヤニヤした。 母さんが「ローラ!」と怖い顔をした隙に、僕は自分の部屋に向かった。 「彼女、一人暮らしだから誰かに失礼はしないし、ローラみたいな邪魔が入らなくていい」 「邪魔って何!?」 「それに考えてみて!僕が彼女を連れてきて部屋でしたら、その後僕が気まずい、母さん達はともかく、僕は気まずい!だからあんま連れてきたくない!」 母さんは僕に「とにかく、ちゃんと避妊はしなさいね!」と声を張ると、ローラに小言を言い始めたから、「わかってる」と叫んで自室のドアを閉めた。 世の中の親の多くは、息子が18にもなればイロコイをあれこれ詮索しないもので、うちもそうで本当によかったと胸を撫で下ろした。 そして、うまいことこのまま来週の予定を切り抜けられそうな嬉しさで、先生に「来週が待ちきれない」とメッセージを送った。 「僕も xxx」だけの返信はシンプルだけど、それで十分だった。

ともだちにシェアしよう!