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ch.28
車の中で、僕はスタバのラテで体を温めて、先生はコーヒーを飲んでいた。そうでもない時は、手を繋ぎながら、時々他愛のないお喋りをする。そうしようと決めたわけじゃないのに、僕らのルーティンが自然とできあがって、今夜も当たり前みたいにそうしていることが、なんだかすごく嬉しかった。
「…アレック、僕、今日…」
「うん」
「ファックしてる時…アレックは“先生”じゃなかった、“先生”だって、忘れてた…」
「ファックはお行儀が悪い」
先生は苦笑して、「よかった」と僕の手を握る指を強めた。
「うん…ねぇ、アレック?」
「ん?」
「…アレックは…コドモ、ほしい人?」
「コドモ?」
「…赤ちゃん」
彼は驚いて僕を見ると、慌てて進行方向に顔を戻した。
「いきなり、どうしたの?」
「…別に…もし、僕がコドモができる体なら…アレックはどうしてたんだろうって思ってーーー」
「ゴムはつける」
「…当然」
「そういう話じゃないな、ごめん…」
「…」
「ウィル、君は…コドモがほしいの…?」
「……たぶん、そういうのは別に、ほしくない…今は、今はそう思うーーー」
「うん、それでいい」
「…うん」
「僕が言いたいのは…この先、例えば僕でも別の誰かでも、パートナーがコドモをほしがってるからって、君の気持ちを無視してまで体を変えようとか、そういう治療しようとかしなくていいんだ」
パートナー。新しくて、不思議な感じがする言葉に少し驚いたけど、それが、彼なら…彼であってほしいと思った。
「君の体は君のものだよ、君がどうしたいかを最優先でいてほしい」
「…」
「…もしその時、ほしいと思うなら、僕は主治医としてちゃんと対応する…簡単な話じゃないからね」
「…うん」
喉に言葉にならないものがこみあげて、鼻の奥がツンとして、慌てて繋いでいた手を解いてラテを飲んだ。
「…僕は」
「うん」
「…僕は、あそこを見せるのも、僕のパートナーも主治医も…アレック以外、考えたくない…」
「うん」
ラテのカップをホルダーに戻した手を先生が探って、僕はその手を取った。
感極まっていた僕を知ってか知らずか、僕を包む手は優しかった。
「…ああ、君を舐めてイかせてなかったな…」
しくった、みたいな横顔の彼が、好きだと思った。だから、握った手の甲にちょっとだけ爪を立てた。
僕の家に到着して、僕らは、自然に腕を伸ばしてハグをした。
「…口でしようか?」
「今ここで?」
「うん」
抱き締めた体で感じるいたずらっぽい声が、幸せだった。
「来週、いっぱいして」
「…来週、君の誕生日だ」
「覚えてたんだーーー」
「当たり前、2月の15日…水曜日か」
僕を抱く腕が外れて、腕の時計を確認した。
「…もし、会いたいって言ったら…?」
「僕はクリニックにいる、大丈夫」
「…でも急に水曜に行ったら変だし、家族にもまた嘘つかなきゃ…いつも通り、金曜でもいい?」
「それでいいよ」
「うん」
「…それでもし、できるなら…その翌日の土曜日…デートでも行かない?ちゃんと、昼間から…」
思いがけない提案に、胸が弾んだ。飛び上がりたいくらいだった。
「…行きたいっ、アレックの家、泊まりたい」
「話が早いな」
僕の頬をなする頬がクスリと笑った。
「なんとか…する」
「うん」
「…じゃあ、帰る」
「うん」
足りないオーラルセックスを補う濃厚な口づけを交わした僕らは、今夜も、離れがたい「おやすみ」で別れた。
そして、帰宅した僕は、母さんとローラに「彼女と会ってた」とさりげなく伝えて、「来週末、彼女んちに泊まりに行く」と報告した。
母さんは「失礼のないようにね」と言った後で、「うちに連れてきたっていいのに」と少し不満そうだった。
「もっと親しくなったらね」と答えた僕に、妹が「ヤりに行くんだ」とニヤニヤした。
母さんが「ローラ!」と怖い顔をした隙に、僕は自分の部屋に向かった。
「彼女、一人暮らしだから誰かに失礼はしないし、ローラみたいな邪魔が入らなくていい」
「邪魔って何!?」
「それに考えてみて!僕が彼女を連れてきて部屋でしたら、その後僕が気まずい、母さん達はともかく、僕は気まずい!だからあんま連れてきたくない!」
母さんは僕に「とにかく、ちゃんと避妊はしなさいね!」と声を張ると、ローラに小言を言い始めたから、「わかってる」と叫んで自室のドアを閉めた。
世の中の親の多くは、息子が18にもなればイロコイをあれこれ詮索しないもので、うちもそうで本当によかったと胸を撫で下ろした。
そして、うまいことこのまま来週の予定を切り抜けられそうな嬉しさで、先生に「来週が待ちきれない」とメッセージを送った。
「僕も xxx」だけの返信はシンプルだけど、それで十分だった。
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