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第7話 妙な趣味
グリンダス通りに向かう前に、アルキバはウーノの姿を探した。
ウーノはすぐに見つかった。誰もいなくなった訓練場で一人、夕闇に紛れ打ち込みに励んでいた。
なかなかいい顔つきをしていて、怒り心頭だったアルキバの表情がふっと緩む。
「精が出るな。もうみんな夕飯食ってくつろいでるぞ」
アルキバの声掛けに、ウーノがはっと振り向いた。力強い笑顔が浮かぶ。
「アルキバさん!」
先ほどびくついていたのとは大違いだ。何か心境の変化があったのだろう。
「邪魔して悪いな、ちょっといいか?聞きたいことがあるんだ」
「はい!」
アルキバは訓練場のすみにウーノを手招きし、尋ねる。
「さっき忘れろとか言っておいて悪いが、サイルのこと詳しく教えてくれないか?」
ウーノはちょっと気恥ずかしそうにしたが、分かりましたとうなずいた。
「ただ実は、細かいところは記憶にないんです。いつも変な薬を盛られて。媚薬っていうんでしょうか」
「薬なんか使うのかあの覆面野郎は」
アルキバは呆れに頬をひきつらせた。
「はい、毎回行くとチョコレートを食べさせられるんですけど、それが多分、媚薬なんだと思います。あれを食べるとすぐ意識が朦朧としてきて、そうなるとケツほぐせって命令されて、俺が自分でほぐして。後は断片的にしか思い出せなくて。まあその朦朧としてる間に掘られるんで、男娼してた頃より楽ではあるんですけど」
「チョコレートねえ」
「でも、いくつかは覚えてます。サイルは愛撫は全然してくれなくて、神官みたいな長い服を着ていて、絶対に自分の肌は晒さないんです。いつも淡々としてて、人形みたいな人です」
「ああ、いかにもだな。お高く止まってんな」
「で、変なのが、やってる最中、やたらと『愛してる』って言わされるんですよ」
「は?」
「妙な趣味ですよね。『私を愛してると言え』ってしつこく命令されたのを覚えてます。そのたびに俺、愛してますって答えてた気がします」
アルキバは鼻で笑った。
「なんだそれ。奴隷に愛してるって言われて興奮すんのか?あいつ相当もてないんだろうな。あの覆面の下、どんだけブサイクなんだ」
ウーノは吹き出した。
「目だけ見るとイケてるんですけどね。火傷痕とか疱瘡痕でもあるんですかね」
アルキバは嫌そうに片目を眇 めた。
「ありえるな、それ。おぞましそうで見たくねえな」
などと言いながら、内心、もし本当にそうならば哀れだとも少し思った。だったとしても到底、許す気にはなれないが。
「サイルはグリンダス通りのどこにいるんだ?」
「グラノードっていうホテルがありますよね。あの最上階をフロアごと貸しきってます」
「へえ、あの王都一高級なホテルの最上階を貸し切りねえ。護衛は何人くらいいる?」
「それが一人だけなんですよ。背の高い傭兵が一人。サイルとその傭兵の二人しか見たことがありません」
「ほほう」
「あの、どうしてそんなこと知りたいんですか?」
いまさら疑問が沸いたかのようにウーノが聞いてきた。アルキバはにやりと笑う。
「お仕置きだよ。剣闘士なめたらどういうことになるのか、覆面野郎に分からせてやる」
ウーノはえっ、と絶句する。
「色々教えてくれてありがとな、助かったよ」
アルキバは背を向けて立ち去る。
「ま、待って下さい!」
アルキバは振り向かず手をひらひらと振った。
「じゃあな、頑張れよ練習。お前は剣闘士なんだから」
「アルキバさん……」
ウーノの不安そうな声に見送られ、その強靭な背中は夕闇に溶けていった。
◇ ◇ ◇
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