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第8話 夜伽

 灰色のローブに身を包んだアルキバは、馬を駆って目的地までやってきた。アルキバとばれると野次馬に囲まれて面倒なことになるので、外出時はいつもローブを羽織っていた。  王城から港湾へと伸びる王都最大のメインストリート、グリンダス通り。その一角にある最高級ホテルの壁の馬留めに、馬をくくりつけた。  通りに面してそそり立つ、豪華な彫刻で飾られた壮観な建物。アルキバはその最上階、五階のアーチ窓をねめあげる。収まらぬ怒りを宿した目で。 (この俺をご所望だと?)  処刑上等。二度とふざけた真似が出来ないよう、痛めつけてやる。  豪華絢爛な正面玄関に入る。受付嬢にバルヌーイ剣闘士団から来たこと、サイルに会いたいことを告げた。 「所属を見せなさい」  左手首を差し出した。手首には鉄の輪がはめられ、そこに奴隷の所有者名が刻まれている。アルキバの所有者は、バルヌーイ剣闘士団。  受付嬢はうなずくと、あっさりとアルキバに鍵を渡した。  その慣れた様子にアルキバは内心、舌打ちをする。ずいぶん簡単に通しやがる、と。サイルはどれだけの頻度で剣闘士を呼びつけているのか。  赤絨毯敷きの階段を昇り、五階にたどり着く。フロアに入るための扉は堅く閉じられていた。アルキバは扉に鍵を差し込み回した。  重い両開き扉を押し開けると、ビロード張りのソファの前、こげ茶色の髪をした背の高い傭兵がこちらを向いて立っていた。客人を待ち構えていた様子。 (こいつが護衛か)  アルキバは一目見て、傭兵の顔つきじゃないと思った。傭兵のようないでたちをしているが、こいつは騎士だ、主人と同じく身分を隠しているのだろう。と思いながら歩み寄る。  背後で扉がぎいと閉じた。護衛は怪訝そうにフード姿のアルキバを見た。 「お前は何者だ?ウーノ殿ではないな、背格好が違う」  アルキバはフードを外し、悪童のように笑った。 「ウーノは俺の代理だろ。やっと来てやったぜ、本命が」  護衛は目を見開いた。その瞳が輝く。涙でも落としそうな勢いで感嘆の声を上げる。 「ああ、なんという、ついに!アルキバ殿!よかった、本当によかった!サイル様もお喜びになります!」  その異様な興奮に、アルキバは率直な嫌悪感を覚えた。主人のみならず従者も気色悪い人種のようだ。  主人が欲しがっていたおもちゃがやっと届いて、そんなに嬉しいのか?  アルキバは嫌悪感を押し殺して問う。 「サイルはどこだ。早く通せ」 「もちろんお通しします。でも少々お待ちください。さあお掛けになって」  護衛はアルキバにソファを示しながら、廊下の奥へといそいそと去って行った。  ふん、とアルキバは鼻を鳴らす。チョコレートの準備でもするのか?  しばらくすると護衛が戻って来た。 「お待たせいたしました!主人の元にご案内します、こちらへどうぞ」  笑みを貼り付けて、護衛はアルキバを従え奥へと進んだ。護衛はある部屋の前で立ち止まった。アルキバに振り向き、 「失礼ですが、武器などお持ちでしたらお預かりします」 「信用してないのか?疑われるのは不愉快だ、俺は帰ってもいいんだぜ」 「いいえ、信用しておりますとも。ただ、主人が怖がりますので」  アルキバの挑発を、笑顔でするりとかわす。食えないやつだと思いながら、アルキバは両腕を上げて、どうぞと調べさせた。 「失礼」  護衛は両手でアルキバの体を丹念に触り、武器がないか確かめる。護衛はアルキバが丸腰であることを確認すると、扉をノックして声を掛けた。 「サイル様、アルキバ殿が参りました」  長すぎる間があった。  いないのか?とすら思い始めた頃、やっと中から返答があった。 「入れ」  護衛が扉を開け、アルキバを中に通した。 「どうぞ、ごゆっくり」  アルキバを中に残し、護衛はすぐに扉を閉め立ち去った。  無駄に広い部屋だった。  緻密な模様を描く青タイルの床を、輝くシャンデリアがキラキラ照らしている。女貴族の部屋みたいな白基調の家具や調度品に、目がちかちかする。  白いクッションを置く長椅子の前、サイルが佇んでいた。  アルキバは初めて、間近でサイルを見た。  すらりと伸びた長身痩躯で、一般的には決して小柄というわけではないが、剣闘士アルキバと比べれば体格差は歴然だ。  最も目を引くのは、蒼天をそのまま写し取ったかのような、神秘すら感じさせる美しい碧眼。  次に水晶のような輝く金髪。  その金髪に合わせたような、金糸のナイトガウンを着ている。前合わせの柔らかな衣を腰紐で結んだ、貴族に流行している寝巻きだ。  サイルは覆面の上の青い瞳を見開き、アルキバを凝視して固まっていた。  まるで怯えたようなその所作に、アルキバは面食らう。 (呼び出しておいて、なんだそれは)  なぜ怯えてるんだ?と考え、それが典型的な「信奉者(ファン)」の態度だと思い至った。  己の信奉者からそのような態度をとられることは、珍しいことではなかった。  信奉者、特に女の信奉者には二種類いる。  一つは試合終了後、闘技場の外で待ち構えてはアルキバを宿に連れ込み、獣のように股間にしゃぶりついてくる女。  そしてもう一つは、目が合っただけで硬直し、あるいは泣き出し、下手したら失神する女。  アルキバを指名してくるということは、ようするにアルキバの信奉者だ。こいつは後者の信奉者か。  そう理解した途端、アルキバの内に嗜虐的な気持ちが芽生えた。すぐにでもぶん殴ろうかと思っていたが、もうちょっとじわじわ虐めたくなった。  とりあえず少し、男娼のふりをしてみるか?  サイルが覆面の下から掠れた声を出す。 「よく……来てくれた」  アルキバは微笑を浮かべると、進み出てサイルの足元にかしずいた。その女のように白く細い手を取り、口付けをした。 「っ……!」  サイルはびくっと肩を揺らした。アルキバはおかしくてしかたない。こいつは虐めがいがありそうだ。おもてを上げてサイルを見つめた。 「閨にお招きいただき光栄です、サイル様」  サイルは恐れるように、アルキバの手を振りほどき、後ずさりした。 「そ、そうか」  アルキバは笑みをたたえながら立ち上がり、羽織っていた灰色のローブを脱いで長椅子にぽんと掛けた。 「長い装束をお召しと聞いていましたが、今宵は随分と、無防備な寝巻姿ですね。いったい、なぜ?」  サイルはうろたえた。急に隠すように両腕を前でクロスさせた。 「き、着替え忘れてしまった、そなたが来たと言われて、頭が真っ白になってしまった」 「着替え忘れた?単に相手が私だから、肌を晒したくなったのではないですか?」  サイルは自分を抱く格好のまま、答えに窮しうつむいた。  その眉は下げられ、恥じ入るように目を潤ませている。  アルキバは苦笑する。  なんだ、なんだ、このかわいげは。想像していた「人形のような気味の悪い男」とは大分違うじゃないか。  ついほだされて、救いの手を差し伸べてしまう。 「いじめてるわけじゃない、私は嬉しいですよ」  サイルは、はっと顔を上げた。その目がぱちぱちと瞬かれる。濡れた瞳でじっとアルキバを見つめた。  サイルはおずおずと言う。 「な……何か、飲むか。極上の葡萄酒を……用意してある」  サイルは微かに震えながらアルキバに背を向けると、ガラス戸棚からボトルと銀の杯を取り出した。  そのガラス戸棚の上に、果物ナイフらしきものが無造作に置いてあった。  アルキバはナイフに「ん?」と思う。  あんな丁寧に武器チェックしたくせに、目の前に武器を転がすとは。刃渡りは大きく、凶器と呼んで差し支えない代物だ。  サイルは取り出したボトルと銀杯を長椅子の前のテーブルに置いた。  テーブルの上には陶器の器があり、その器には山盛りのチョコレートの粒が盛られていた。アルキバはそれを見て鼻で笑う。  サイルは自らボトルを開けた。そして銀の杯に赤ワインを注ぎ、アルキバに差し出す。 「どうも」  アルキバは受け取り、杯の中身の匂いをかいで確かめた。何か盛られてはいないか、と。  旨い酒は振舞われ慣れている。例えば夫である将軍の遠征中にアルキバを屋敷に連れ込み情事にふける、貴族のパトロン女などに。  だからアルキバは良い葡萄酒をかぎ分ける鼻も舌も確かだった。薬でもいれられていればすぐ分かる。杯を浅く傾け、舌先で少量転がした。  大丈夫、何も入っていない。確かに極上の葡萄酒だ。アルキバはぐいと豪快に、赤い液体を飲み干した。  サイルがアルキバのその様子を、食い入るように見つめている。まるで何かを待っているような。  やはり何か、盛られていたか?そんなはずはないが。 「私の顔に、何かついていますか?」  サイルの目に困惑の色が浮かぶ。 「なんとも……ないのか?」  アルキバは肩をすくめた。分かりやすい奴だ。どうやら盛られていたようだ。少なくとも、サイルはアルキバに一服盛ったつもりでいたようだ。  アルキバは意地の悪い笑みをたたえ、サイルの顔を覗き込み尋ねた。 「どういう意味でございますか?」 「うっ……その……」  サイルの視線がテーブルの上に落ちる。そこにあるチョコレートに。アルキバはそのチョコレートを一つつまんでみた。  白々しい演技もそろそろ飽きてきた。 「媚薬入りチョコレートも食ったほうがいいか?」  サイルの目が驚愕に見開かれ、そしてがくりと肩を落とした。 「知っているのか」 「媚薬入りワインのことは知らなかったけどな。ウーノにはチョコレートだったんだろ」 「あの者は酒を飲めないと言っていたので……」 「なるほど」  下戸は大抵、甘いものが好きだ。酒かチョコレートか、なかなかうまい選択肢だ。その両方を用意しておけば、どちらか一方は嗜むだろう。  気を落とした様子のサイルはこう言った。 「帰っていい」  いきなりの解放宣言に、アルキバは失笑せざるを得なかった。 「おいおい、なんだよ、やらねえのか?」 「そなたは媚薬が効かない体質のようだ。嫌がる者に無理矢理はできない」  アルキバはその不可解な思考回路に呆れ返る。 「は?散々、剣闘士食いしてるあんたの言うセリフかよそれ」 「とにかく帰れ」 「せっかく俺を呼べたのに?あんた毎回欠かさず俺の試合見に来てるよな」 「そ、それは……」  サイルは恥ずかしそうに口ごもる。  アルキバはくっと笑い、サイルの体を横抱きに抱き上げた。その痩身は簡単にアルキバに捕らえられる。 「なっ……!は、離せっ!」  サイルは暴れるが、蚊ほどの抵抗にもならない。アルキバはサイルを抱え、部屋の左の続き部屋に、そこに見えているベッドにまで運ぶ。  シーツの上に投げ出されたサイルは、恐怖に硬直している。その覆面に手を伸ばした。 「や、やめ……」  さてどんな化け物が現れるのか、まさに怖いもの見たさ。  アルキバはサイルの顔を覆う黒い布を、一気に剥ぎ取った。 「……え?」  そこには化け物などいなかった。それどころか。  初めて晒されたサイルの素顔に、アルキバは言葉を失った。自分の目が信じられなかった。 (こいつは……!)  覆面の下に隠されていたのは、とてつもない美貌。  すらりとした鼻筋、色づく唇、きれいな顔型、全てが気品に満ち完璧な美形を成していた。そして桃色に上気した純白の肌。  まるで天上人だ。数え切れないほどの女を抱いてきたアルキバだが、これ程美しい顔は見たことがなかった。  いや一度だけある。  そう、記念すべき最初の優勝の時、金の冠を授けてくれた……。 「あんた、リチェル王子か!?」  美貌の青年は、苦しげに顔をゆがめ、ふいと横を向いた。その横顔も、想像上の天使の姿ように美しかった。これが人間だとは。  生きていたのか、とアルキバは思う。  八年前、母のユリアーナ王妃が亡くなり王が後妻を迎えてから、リチェル王子の姿はついぞ公の場に現れなくなった。  表向きの理由は「精神病を患い療養中」だったか。ちまたでは塔に幽閉されているだの、既に殺されているだのと噂されていた。 「離せ!こんな狼藉を働いてただで済むと思っているのか!」  急に王子っぽい台詞を吐きやがって、とアルキバは皮肉に笑う。 「何やってんだよ、あんた。一国の王子が顔隠してこそこそ剣闘士を買春してるとか、落ちぶれるにも程があるだろ」 「くっ……」  言葉に詰まるサイル、いやリチェル。その顔をつかんで無理矢理こちらに向かせた。  アルキバを見上げる美しい顔は明らかな恐怖に染まり、かたかたと小刻みに震えている。  なんという状況だろう、一国の王子が、それもこれほど見目麗しい王子が、自分に組み敷かれ褥の上で震えている。  嗜虐心を否応なく掻き立てられた。  犯されたいとは思わないが、犯してみたくはある。 「……『愛してる』」  試しに、言ってみた。さてどんな反応を示すのか。  リチェルはアルキバをまじまじと見つめた。アルキバは笑みをたたえて反応を待つ。  リチェルの瞳に怒りが宿る。侮辱されたかのごとく唇を震わせた。 「嘘をつくな!」 (やっぱり怒るか)  とアルキバは面白く思う。 「本当だ、愛してる。あんたに惚れた」 「嘘だ!嘘だ嘘だ嘘だ、嘘だ!」  リチェルは叫び、その目から涙が溢れだした。 (そして泣くのか)  アルキバは少し意表を突かれる。泣くとは思わなかった。  美しい泣き顔だった。  王族の泣き顔というのはこんな綺麗なものなのか。  透明な雫が純白の肌をはらはらとこぼれ落ちていく。光の結晶のように。  嗜虐心とは別の感情が、つと芽生えた。その感情の名がなんなのか、アルキバはよく分からなかった。  ただアルキバはその結晶に唇を落とした。涙を吸い取るように頬に口付ける。  リチェルは目を見張る。 「な、何を……」  アルキバはリチェルの絹のような髪を指に絡め取り、問う。 「なんで泣くんだ?嘘が嫌なのになんであんたは、奴隷に偽りの愛を囁かせるんだ?」 「そ、それは」  リチェルは哀しげに唇を噛んだ。傷ついたような瞳から、さらに涙が溢れて来る。  アルキバはそれをじっと見つめた。 「あんた、いいな」  リチェルは言われた意味が理解できないといった顔で喘ぐように呼吸する。その珊瑚色の唇。  アルキバはペロリと自分の唇を舐めた。  ——いい。  麗しい唇に、アルキバは己の唇を重ねた。  思った通りの柔らかさ。その口内へと舌を入れる。  リチェルの舌を強引に絡め取る。甘い。そして花のような芳しさ。王族とはすごいものだ。アルキバは夢中になってリチェルの口を貪った。  王族の口を奴隷の唾液で汚す背徳感。たまらない心地良さだった。 (このお綺麗なお口に、もっと汚いものを注いでみたいものだ)  キスから解放して顔を確かめると、リチェルは耳まで赤くなって呆然とアルキバを見ている。  アルキバはふっと微笑む。  いい。もっと汚したくなった。もっと貪りたくなった。  ナイトガウンの腰紐を解き前を割り、体を晒してやった。 「だめっ……」  暴れようとするのを押さえつけ、ガウンをするりと全てむく。ついでに下着も剥ぎ取った。 「やっ、やだっ……!」  そしてその全身を舐め回すように観察した。  薄く筋肉のついた、細いが健康的な肉体。  不思議と女以上の艶かしさを感じた。そして芽吹いたばかりの新緑のような、みずみずしさ。  綺麗な体だ、と思った。 (気に入った)  手のひらで腹を撫でつけながら、耳たぶのあたりを食む。リチェルは首をすくめ、泣きながら抗議する。 「や、やめろ!愛してないくせにそんなことするなっ」  妙な台詞はアルキバの心を大いにくすぐった。 「だからあんたがそれを言うなって」  視線は白く浮き立つ滑らかな胸の、小さな桃色の突起へと吸い寄せられる。なんと扇動的な色味だろう。  本能的にしゃぶりついた。唾液で汚し、舌でその感触を味わう。舌の粘膜をこするぷくりとした感覚がたまらない。  真珠のような奇麗な乳首は、舐められてツンと立った。そいつを甘く噛む。 「ゃっ……、んっ……」  手を下に伸ばし、下半身に生える大きな突起の具合も、確かめてみた。嫌がるそぶりで勃ち上がってるじゃないか。  ぎゅうと握ってやった。リチェルは切なげに目をつぶった。 「やうっ」 「こんななまっちろいもんで剣闘士のケツを掘ってきたのか?なめたことしやがって」  ペニスから手を離すと、今度は臀部に手を差し入れて、その弾力のある丘にぐっと力を込めた。えもいわれぬさわり心地。  強くつかまれて、リチェルは痛みに顔を歪めた。 「いっつっ!」 「剣闘士の誇りを傷つけてきたお前には相応の仕置きが必要だな」  この言葉はもはや、空々しい言い訳かもしれなかった。率直に言って今アルキバは、ただの性欲にたぎっていた。  リチェルの両手首をつかんで頭上に持ち上げ、ガウンの帯でかたく縛った。 「な、なにをする、ほどけっ!」  ナニをするって、決まってるじゃないか。  暴れる足には体重を乗せてかため、アルキバはベッドの端に視線を走らせた。目当てのものを探す。きっとあるはず……やっぱり、あった。  枕元にある茶色の小瓶に手を伸ばし取る。片手で器用に蓋を開けた。甘い良い匂いがした。性交時に使うための潤滑剤として精製された香油。もしかしたら媚薬も混ざってるかもしれない。  アルキバがその小瓶を手にしてるのを見て、リチェルが絶望の表情を浮かべた。 「い、嫌だ……!お願いだ、やめてくれ。それだけはやめてくれ、頼む!」  アルキバは冷たい笑みを浮かべた。 「散々、剣闘士に使って楽しんで来たんだろ?これは罰だ。てめえが使われる気分を味わえよ、王子様」 「剣闘士達に無理矢理をしたつもりはない!嫌だ、どうか許してくれ頼む」 「じゃあ俺も優しくしてやるよ」  アルキバは小瓶を傾け、指をしっとりと香油で濡らした。つっぱって抵抗を試みる脚を無理矢理開いた。 「や……やめッ……!放せ、私を放せ!」  形の良い脚を片方、持ち上げて肩にのせ、尻に濡れた指を伸ばす。  拒絶を無視してその谷間の一番深いところに、指をぐっと差し込んだ。ひいっ、と息を飲んでリチェルの体が硬直する。 (ん?)  アルキバは首をかしげた。指で形を確かめてみれば、縦に割れている。まるで男娼のようにひずんだ穴。  ちょいとぐりぐりいじってみたら指はあっさり中に入った。ずぶりと深みまで。  アルキバは男も抱いたことはある。  アルキバに抱かれたいと望む信奉者は女だけではない、男でも見目が良ければ抱いてやる。貴族のご子息の無垢な体を開いてやったことだってあるのだが、これは。 「お前、貫通済みじゃないか」  しかもこれは一度や二度の貫通じゃない、幾度となく貫かれた身体だ。 「王子なのに体は娼婦か。どんだけ咥え込めばこんな無様な穴になるんだ?」  あざ笑いながらその顔を覗き込む。  だが、アルキバは真顔になった。  リチェルの様子が明らかにおかしかった。  桃色の唇を青紫に染め、脂汗をじっとりとかき、がくがく震えていた。天井を見上げるその青い瞳は、まるで目を開けたまま悪夢を見ているかのよう。  ああ、とアルキバは察した。  とりあえず指は抜いてやり、押さえていた脚も解放した。身を離し、その足元に座った。 「無理矢理やられたのか?」  リチェルは震えながらこくりとうなずいた。 「分かって来たぞ。あんた、自分がやられた腹いせの為に男を食いまくってるのか。虚しいことやってんな王子様」  リチェルが薄っすらと笑みを浮かべた。 「腹いせ、か……。そのように考えたことはなかったが、そうなのだろうか……」  アルキバは頭をかく。 「誰にやられたんだ?」 「兄上……たちに……」  アルキバは思わず口をあんぐりあけた。この国の王族は何をしてるんだ。剣闘士を買春する弟に、弟を犯す兄だと? 「兄上ってあれか、後妻王妃の連れ子二人か。後妻が国王の愛人だった頃に実はこさえてました、隠し子です、って突然出てきた第一王子と第二王子のことだよな。腹違いとはいえ実の兄弟にねえ、悪趣味な連中だな王族ってのは」 「……」  リチェルは無言で宙を見ている。  なんだか嫌な空気になってしまった。アルキバは猛りきった己の分身をもてあまし、艶かしい体を晒したまま目の前に横たわる美しい王子を見やる。  同情はするが、しかし。  とは言え貫通済みならば、さほど体の負担にはならないわけで、遠慮なくいただいていいのではないか、などという気持ちが頭をもたげた。  こんな空気になってもなお、鎮まる気配もない凶暴な本能。アルキバの雄はお預けをくらって、どうしようもなくイライラとしている。 (こいつが欲しい。こいつを抱きたい。その無様でうまそうな穴に俺のものを突っ込んで、汚い種をぶちまけたい) 「でも、罰は受けなきゃな」  うそぶくと、リチェルの全身がびくんと震えた。  アルキバは、抑えられない情動のままに、再びリチェルの上に覆いかぶさった。リチェルの顔の両側に腕をつき見下ろす。  そしてアルキバは、見てしまった。  空っぽの瞳。  それはまるで、覗いてはならない禁忌の深淵のようだった。  これほど空虚なものを、今まで一度も見たことはなかった。  絶句するアルキバの下、リチェルの青紫の唇が、ゆっくりと開かれる。その背中が震えながら反り返り、肉体のアーチとなる。  次の瞬間。  この世のものとは思えない、とてつもない絶叫が、リチェルの喉から発せられた。  およそ一人の人間がこれ程の大音量を発しうるのかという、天災のごとき咆哮だった。

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