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第15話 第一王子と第二王子

 午前十時、ナバハイル城本宮殿の大広間では、宮廷楽団が管弦楽の美しいハーモニーを奏でていた。楽団の前、中央の椅子にはダーリアン三世と、王妃ミランダスが座す。他にも多くの貴族たちが、素晴らしい演奏に耳を傾けていた。  席の最後列、第一王子ジルソンと第二王子オルワードも鑑賞していた。  一番前に座るようすすめられたが、若輩者ですからと殊勝なことを言って、大臣や将軍たちに前列を譲った。  オルワードは落ち着きなく、髪をいじったりこっそり欠伸したりしている。  暗めの金髪の巻き毛が童顔を包む。二十四歳だがまだ十代に見える外見や仕草は、貴族の女性たちから「かわいい」と評されている。  だがその人となりを深く知れば、その幼い人相は、幼児的残虐性の表出であることが理解できるだろう。  オルワードの隣、ジルソンが小声で落ち着きの無い弟をたしなめる。 「おい、大人しくしてろ」 「だって退屈なんだもの」 「元庶子だから育ちが悪い、などと揶揄される」 「本当のことだしねえ」 「いい加減にしろ、俺を怒らせたいのか」 「はいはい」  オルワードに苛立つ王太子は、弟とそっくりの髪質髪色だが長く伸ばし、ひとつで結んでいる。巻き毛の前髪が垂れかかる甘い顔立ちは、女性達をいつもうっとりさせた。  年齢は二十六歳。長身で体格もよく、振る舞いも落ち着いていて、十分に王子らしい風格があった。国政にも積極的で、ここ数年の国政はジルソンが主導していると言っても過言ではない。  だが彼の内に潜む、神経質な残忍さを知る者は少ない。  そんな兄弟の肩をそっと叩くものがいた。 「王太子殿下、少しよろしいですか」  振り向くと、兄弟の取り巻き貴族の一人、ルクサル伯爵家の三男坊、ペリー・キヌーズだった。 「なんだ?」  赤みがかった金髪のペリーはジルソンにそっと耳打ちした。  もたらされた報告に、ジルソンの顔色が変る。ジルソンはオルワードに目配せし、二人はそっと席を立った。  愛想笑いを振りまきながら、大広間を抜け出した。  本宮殿内の執務室で、ジルソンは声を荒げた。 「ヴィルターの死体が見つかっただと!?」  ペリーはうなずく。 「はい、偽名を使っていた傭兵風の男の死体が発見されました」 「それが何故、ヴィルターだと?」 「死者の連れの風貌が、覆面をした金髪の男とのことで。覆面の男は現在、行方不明だそうです。この件、憲兵隊長のドミニクから私のほうに内密に伝達がありました。殿下のお耳に入れたほうが良いのでは、と。私が先ほど確認して参りましたが、確かにヴィルターでした」 「ドミニクか、さすが勘のいい男だ、助かった」  王都には憲兵隊と呼ばれる警察組織があり、その最上位職である憲兵隊長のドミニクは、ジルソンと昵懇の仲であった。  オルワードは椅子に反対向きにまたがり、冷たい笑みを浮かべる。 「あーあ、しくじったんだ、リチェルの腰巾着。はっぱかけてやっと行動したかと思えば、失敗だって。使えないやつ」  ジルソンは一ヶ月以上前からヴィルターを脅していた。母親の命が惜しければリチェルを殺せと言って。だがなかなか行動に移さないのに痺れをきらし、昨日ついに、母親をさらって監禁するという強硬手段に出たのだった。  ジルソンはペリーに尋ねる。 「その死体がヴィルターと気づいているのは、ドミニクだけか?」 「はい」 「よし、ならば内密にしておけ。そいつは名も無き傭兵だ。捜査は早めに打ち切るようにドミニクに伝えておけ」 「了解いたしました。ヴィルターの母親のほうはいかがいたしましょう」 「殺せ」 「畏まりました。では、本日中に」  オルワードが口を挟む。 「ヴィルターを殺したのはリチェルなの?」 「まだ不明ですが、どうやら別の男もいたらしいのです」 「別の男?」 「はい。ヴィルター殺害の後、誰もリチェルの姿を見ていないのですが、剣闘士が走り去って行ったそうです。どうやらその剣闘士がリチェルを連れて逃げたようで」  ジルソンは眉をひそめた。 「剣闘士?」 「ドミニクの調べによると、リチェルはサイルという偽名を使って剣闘士団の投資主をしていたようです」  兄と弟、二人の王子は互いを見合わせた。弟のほうが笑いだす。 「あは、何やってんのあいつ!意味わかんないんだけど、それ」  ペリーがそこで、下世話な笑みを浮かべた。 「噂によると、リチェルはたびたび、剣闘士を閨に呼びつけていたようで」  えっ、という沈黙が降りる。  間を置いて兄は鼻で笑い、弟は急に真顔になって、立ち上がった。立ち上がった拍子に椅子が大きな音を立てて転がった。  オルワードは怒りに震える。 「なんだそれ……!なんだよそれ、リチェルの奴!僕達から逃げたくせに、剣闘士なんかとよろしくやってんのかよ……!」  ジルソンは前髪をかき上げた。その瞳に狂気的な冷酷さをたぎらせ、高笑いをした。 「ははは、いいじゃないか!ああ、そこまで落ちぶれてくれたか、あの純真可憐な王子様がねえ。今じゃ自ら進んで奴隷共の肉便器か!俺は実に小気味がいい。散々犯した甲斐があった。あいつは相変わらずケツから血を流してよがってるのか?奴隷相手に?」  一方でオルワードは歯ぎしりしながら、壁に拳をうちつけた。 「リチェル、絶対許さない、僕と兄さん以外に体を開いてるなんて!この裏切り、絶対に許さない!」 「おいおい、お前はまだリチェルに執心してるのか?俺達はリチェルを殺そうとしてるんだ」 「待って兄さん、お願い!殺す前にもう一度僕にリチェルを犯させてよ!」  ジルソンはオルワードの頭を撫でる。 「困った弟だ、ではそういうタイミングがあればな。ともかく現在、リチェルは剣闘士と一緒にいるわけだな」  ジルソンの確認に、ペリーはうなずく。 「はい、おそらく」  ジルソンは考え込むように窓辺に寄る。 「さて、厄介なことになった……」  そう言いながら、酷薄に口の端をあげた。 ◇ ◇ ◇

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