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第3話

 辞令を受けてから出発までの日々は忙しくなりそうだった。  魔術協会は魔術師の派遣を行うが、実務は神殿の管轄のため、旅程の確認にまずは全能神イールの神殿に行かねばならなかった。他にも、旅装を整えたり、路銀の手配申請など、やることはいくらでもある。それをすべて一人でこなさなければならないと知り、リュソンは神殿に行った初日、自室に帰りつくなり疲労と不安で寝込んだ。  師を失って王都に来てからは、学生時代の下宿に世話になっていた。なじみの女将が粥を作ってくれたものののどを通らず、眠ると夢をみた。  魔術の中には、房中術というものがある。  放埒だったパーンはそれを好み、近隣の町や村から集めてきた若い娘を相手によく行っていたが、飽きると弟子たちや屋敷の私兵たちに回した。媚薬を飲まされた娘たちは、相手が誰であれ、獣じみた嬌声をあげ続け、一番年若かったリュソンは最初こそ興奮したものの、どうしても馴染めずに私室に隠るようになった。  すると、狂宴に飽いた師匠がふらりとやってきて彼を抱くのだった。  その営みは優しく、リュソンは自分が師に大切にされているのだと感じていた。果てて眠り落ち、目覚めたときにいつも師は寝床になかったけれど、身体に漲る精気が魔術師同士の営みの証しとしていつも残されていたのだった。  そのときの夢をみた。  現実と違うのは、目覚めると隣に師の姿があったことだ。  もう会えないはずの美しい師の寝顔をじっと見つめていると、幸せで、涙がこぼれて仕方なかった。 「……リュソン様」  名を呼ばれて目を開くと、下宿だった。寝台の脇の椅子に、見たことのある銀髪の男が座っていた。雨避けの脂を塗り込んだ、兵士がよく着るような武骨な皮の外套をまとっている。 「たしかお前は……アルジェ、だったか」  パーン師の屋敷に雇われていた私兵の一人で、あだ名は「腰抜け」。背が高く、銀色の髪が目立つ男だった。 「私の名を覚えておいででしたか」  嬉しそうにアルジェは笑った。  軟禁されていたリュソンを解放したのはこの男だった。  パーン師の死後、彼の弟子たちや生き残った私兵たちは、なぜか殺されずに済んだ。獣の王のとりなしだったという話だ。  しかし、知らなかったとはいえ、主の命令ながら国の要人に刃を向けた罪を放免とはいかず、パーンの弟子たちは巡回魔術師の役を振られ(リュソン以外はそれを回避したが)、私兵たちも兵役の勤めを命ぜられたと聞いていた。 「なぜ、ここにいる?」  喉の乾きを覚えたリュソンが寝台から立ち上がると、慌てたようにアルジェも立ち上がって頭を下げた。 「あなたを探して参りました。此度の巡回の護衛を勤めさせていただきます」 「なんだと? 私は護衛の代金など払えないぞ」  部屋の片隅の卓の水差しを取り上げたリュソンは、それを握りしめて振り向いた。 「それなら心配ご無用。お代なら、もう、いただいております」 「誰だ、巡業魔術師に護衛などつける酔狂は?」  リュソンの問いに、アルジェはややあって答えた。 「……コハク様です」  南の街で出会った、見習い魔術師の少年。リュソンとは同じくらいの年のはずだったが、立ち居ふるまいはずいぶん幼かった。そしてその名のとおり、琥珀色の瞳をしていた。  最後に会ったときは、自分の師に二度と会えなくなると泣いていた。  水杯を干して、リュソンはアルジェに問うた。 「あいつは元気か?」 「はい。自分が幸せになれたのは、リュソン様のお陰だから、せめてお礼をしたいとおっしゃっていました」 「それで、護衛か」  アルジェが頷いた。 「さっそく明日から同行させていただきます。なんでもご用をお申しつけくださいませ。朝になったらお迎えにあがりますので、よろしくお願いします」  主への敬礼をすると、銀髪の男は出ていった。 「そうか。あいつは今、幸せなんだな……」  自分のしたことは間違いではなかったと、少し救われた気持ちで、リュソンは再び眠りについた。  今度は、夢はみなかった

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