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第4話
予告どおり、朝から現れたアルジェはリュソンについて各所を回った。
最初は巡回魔術師に護衛などと驚かれていたが、なかなかの好男子で愛想も悪くないアルジェは、連れ歩いても邪魔にはならなかった。それどころか読み書きや計算もでき、交渉事にも慣れていて役に立った。
それがなぜ、パーン師の屋敷で荒くれ者たちに混ざって私兵などやっていたのか、頼まれたとはいえリュソンについてくる気になったのか不可解で、リュソンはアルジェを少し不審に思った。
魔術学院や神殿に、護衛を外せないかこっそり相談してみると、従来の巡回魔術師のように、鍛冶屋や行商人と一緒に旅をするよう勧められた。魔術師と言えど、さすがにひとり旅は危険すぎるからだ。
考えるまでもなく、見知らぬ鍛冶屋や行商人と同行するより、顔見知りのアルジェのほうがまだましという結論に行きつく。
「腰抜け」というあだ名ではあったが、アルジェが剣技に長けているのはパーンの屋敷で見知っていた。私兵たちに混じっての訓練中の動きに無駄がないことは、リュソンのように武道に疎い者にもわかった。数人を相手にしてさえ、勝つのは常にアルジェだった。
書類を見て旅程を知ったアルジェは、騎馬で行きましょうと提案してきた。馬車で行くものと思っていたリュソンが
「いやだ。尻が痛くなる」
と拒否すると、
「馬車は目立つので狙われやすいですし、賊に追われたとき、逃げ切れぬ場合もありますので」
と腰抜けらしい返答をアルジェは寄越す。
「何のための護衛だ?」
リュソンはあきれ顔になる。
「賊は道をよく知っていて、車輪の外れやすい悪路に馬車を追い込むのです。それが奴らの手なのです」
静かにアルジェは言って黙った。その沈黙にはなぜか冷気が凝っているような気がして、リュソンは騎馬案に頷くしかなかった。
主の承認を得たアルジェはさっそく二頭の馬を手に入れると、馴致を始めた。城外の農家に預かってもらい、暇をみては騎乗や餌やりをしているということだった。
出立間近になると、馬にリュソンを慣れされるため、連れてきた青鹿毛と鹿毛で遠出したりもした。青鹿毛は気が荒く、威嚇してくるため、穏やかな鹿毛をリュソンは自分の馬と決めた。
青鹿毛がアルジェにはおとなしく騎乗を許すのが面白くなく、リュソンは当てつけるように鹿毛に塩をなめさせた。
出立の朝、旅装を調えたアルジェは馬たちを連れてやってきた。
リュソンが下宿の女将に少ない自分の持ち物を託している間に、アルジェはてきぱきとリュソンの荷物を鹿毛に積み込んだ。
凍えるような寒い朝で、まだ冬なのだとリュソンは思った。
開門と同時に流れ込む人馬や荷車の群れに逆らって、街門を出て行く。
生きて帰れないかもしれないと不意に思い、王都を守る大門を振り返って見上げる。
それでもいいのかもしれない。ドゥー師の話も確約ではない。これからもずっと冬が続くのなら、いっそ……。
「春が来ましたね」
馬を止め、同じように門を見上げるアルジェが言った。怪訝な顔をするリュソンに、アルジェが空を指差す。
「春告鳥が飛んでいきましたから、もう雪は降らないでしょう」
「そうか。冬は終わったのか」
夏が来たとしても、リュソンの心の中の季節は変わらないだろうに。
そんな主の気持ちも知らぬげに、アルジェは明るい声を掛ける。
「旅立ちにはよい日和ですね」
リュソンは黙って鹿毛の首を街道に戻し、進み始める。アルジェと青鹿毛も後を追って、ゆっくりと歩き始めた。
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