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視姦と排泄管理 (2)

「うっ! ううーっ! い、痛い! はっ、腹がっ!」  カオルはエビのように身体を丸める真希人を、静かに見おろしていた。 「ひどいって言われても……困るんだよなあ。お尻の穴で遊ぶ前には浣腸するのって、マナーだろ? せっかく、いつものグリセリンじゃなくて、特別な浣腸をしてやったのにさ。まさか、ウ○チが残ってるところに指やチ○コを挿入しろって言いたいわけ?」  鷹揚(おうよう)な笑顔を見せるカオルだが、気のせいか、微妙に口調が変わってきたような気がする。 「心配しなくていいよ、マキト。この部屋の床、こういう事態に備えて特殊なワックスでコーティングしてあるんだ。遠慮しなくていいから、早く出しちゃいな」 「えっ? ええっ!?」  カオルは、この瀟洒(しょうしゃ)な部屋の、この美しい寄せ木細工の床の上に排泄しろと言っているのだ。 (いやだ! 冗談じゃない! ヒロだっているのに……!)  怖くて、恥ずかしくて、紘行(ひろゆき)の顔を見ることができなかった。  必死で肛門を締めて抵抗している間にも、限界は近づいてくる。  真希人は床に突っ伏した。  ぐるぐると、獣が威嚇(いかく)するときのような(うな)り声をあげるお腹を抱えて、丸くなる。  便意が襲ってくると、床をバンバン叩きながら、ただ耐えた。 「ああ……もうそろそろ限界? 我慢のきかない子なんだねえ。でも、あんまり頑張ると身体に悪いから、早く楽になったほうがいいよ?」  真希人の苦しみなど他人事とばかりに、カオルは赤ワインを注いだグラスを傾け、優雅に見物を決め込んでいる。 (……も……もう、ダメだ……我慢できない……でっ、出る……出ちゃう……!)  公衆の面前で射精をするほうが、ずっとマシだった。我慢できすに精液を()き散らしたところで、(わら)われて、その場で終わる。  けれど、家の中とはいえ所かまわず排泄物をぶちまけたとなったら、本当におしまいだ。人間としての尊厳が打ち砕かれる。 「ト、トイレに……トイレに、行かせて。お願い……お願い、します……」  今少しでも動けば、大便を漏らしてしまう。  真希人は床に這いつくばったまま、カオルを見あげた。 「だーかーら、きみのトイレはこの部屋なんだよ、マキト。この広い部屋ぜんぶ! すごくない? どこで出してもいいんだから!」  ワイングラスを持ったまま、カオルは両腕を広げて、その場でくるりと華麗にターンした。  緑の瞳は相変わらす美しいが、焦点が合っていない。  その様子を見て、何を言っても無駄なのだと真希人は悟った。 (……ダメだ……完全にイカれてる……)  絶望してうなだれた真希人を、激しい便意が再び襲ってくる。 「うう……うわあ! もう……もう、我慢できない……無理! 無理っ!」  これ以上、耐えられない。  ほんのわずかでも身体を動かそうものなら、排泄物が一気に噴き出してしまいそうだ。  真希人は青ざめた顔をあげると、ゆっくりと起きあがった。  屈辱(くつじょく)の表情を浮かべながら、膝を開いてその場にしゃがみ込む。 「……う、うう……っ!」  息を吐き切り、ほんのわずかばかり腹筋を(ゆる)めたとたん、耳をふさぎたくなるような恥ずかしい音が、部屋中に響き渡った。  けたたましい音とともに、肛門から茶色の排泄物が放出される。  しんと静まりかえった部屋に大便が吐瀉(としゃ)される音だけが延々と響き、何ともいえない(にお)いが漂いはじめた。  真希人にしてみれば、これは『プレイ』などではない。拷問(ごうもん)だ。 「あっはっははは! あーあ、とうとう漏らしちゃったんだねえ! 素敵だよ、マキト」  カオルが哄笑(こうしょう)した。  底なしの、ほの暗い泥の中に沈められていくような(あや)しさを秘めた(あざけ)りに、真希人はなすすべもなく、ひたすらに耐える。 「……うっ、うう……は、恥ずかしい……ひどい、ひどいよ……こんなの……こんな……」  だんだんと声が(かす)れ、力なく消えていった。 「うん、恥ずかしいよね。ウンチ垂れ流してるんだもんね。元売れっ子の子役モデルが、()()でウンチまみれになって泣いてるなんてさ、ほんと惨め……ああ、なんだか、ぞくぞくしてきた!」  ワインをくっと飲み干したカオルは、あきらかに真希人の排泄ショーに興奮していた。  焦点の合っていなかった緑色の眼はきらきらと輝き、頬はほんのりと薔薇色に染まっている。  カオルの言ったことは事実だった。  母親の真優香(まゆか)が熱心なステージママで、真希人は生まれて間もない赤ん坊の頃から、モデルとして雑誌のグラビアやテレビCMの仕事をしていた。  人気バラエティ番組のレギュラーを務めたり、ゴールデンタイムのドラマに出演したこともある。  でも、芸能活動を続けていたのは、真希人自身の意志ではなかった。  物心ついた頃には両親は離婚していて、その後の長い期間、真希人の稼ぎが母子(おやこ)二人の生活を支えていたという裏事情のせいだった。  お嬢さま育ちの真優香は、家計が火の車になっても働きに出ようとはしなかった。子供の頃から、誰かに(やと)われて働く人間を見くだしていたからだ。  親からふんだんに与えられる小遣(こづか)いで遊び暮らしていた真優香は、新宿のホストに入れあげ、駆け落ち同然に入籍した。  やがて真希人が生まれたが、ホストに復帰した父親は新しい女を作り、家に寄りつかなくなっていった。よくある話だ。  困窮(こんきゅう)しても実家を頼ることができなかった真優香と、親の庇護(ひご)がなくては生きていけなかった未成年の真希人は、長いあいだ、いわば共依存の関係にあったと言ってもいい。  一見きらびやかなモデルの仕事だが、(つら)いことが多かった。  まわりから嫉妬されたり、一歩引かれて見られるのはもちろん、どこに行っても人の眼がある。  容姿の劣化は命取りになるから、食べたいものも食べられない。  怪我(けが)も日焼けもできない。  毎日の運動は欠かせなかったが、身体を作るためのトレーニングにはスポーツをする楽しみはなかった。  おまけに、芸能界は意外と上下関係が厳しく、子どもだからといって粗相(そそう)は許されない。  相手の性別年齢を問わず、セクハラを受けることも多かった。  笑ってごまかしながら逃げたり、未成年であることを理由に仕事以外の付き合いを極力避けることでどうにか乗り切ってきたが、強力な(うし)(だて)のない真希人への風当たりはきつかった。  自分で望んでモデルになったわけではないから、よけいに息が詰まる。  そんな状態だったから、二年前、母の真優香が再婚したのを機に、すっぱりと足を洗ったのだ。 「くっ……」  唇を噛んで、真希人は屈辱(くつじょく)をこらえた。自尊心など、とっくにズタズタだ。  それなのに肛門からひり出される排泄物は、まだ止まる気配を見せない。不規則な音を立てながら、少しずつ噴き出している。  床に広がった軟便が流れてきて、踏ん張っている真希人の足を汚した。  死にたい。 「あーあ、ウンチで足が汚れちゃってるじゃん。マキトって、ほんとはド変態なんだ? そんなにウンチが好きなの?」  眼を輝かせてカオルが近づいた。 「そんな……ひどい……浣腸したの、カオルさんじゃないか……!」 「なに逆恨(さかうら)みしてんの? お尻の穴を()められるのが大好きなマキトのために、わざわざしてあげたんだよ? 親友くんのザーメンまでブレンドしてさ」  カオルは真希人の顔のすぐ横に立ち、腕組みをする。 「うっわ! (くさ)っ! こんな臭いウンチ垂れ流すやつに『カオルさん』なんて呼ばれたくないね。おまけに……自分で見てみろよ、ほら!」 「いっ、痛い!」  前髪をがしっとつかまれ、思い切り引っぱられた。頭が()()る。唇を(ゆが)めたカオルに、あざ笑いながら見おろされていた。 「(くそ)をひりながら、チ○コおっ()ててるなんて。どんだけ変態なんだよ?」  カオルの豹変(ひょうへん)がショックだった。  優しくて上品で美しい、出会った瞬間に心を()かれたカオルは、どこに行ってしまったのだろう。 「ほらあ! ちゃんと見てみろって!」  今度は、ぐいっ、と下に押される。  真希人は眼を見張った。  排泄のために広げられた股間に、(みなぎ)って隆々と勃起した自分の性器があったから。 「そ……そんな……どうして……」 「ほらな? 身体は正直なんだ。人前でウンチ垂れ流しながら、嬉しそうにチ○コおっ()ててる変態なんだよ、おまえは。僕のこと生意気に『カオルさん』なんて呼ぶ資格はない。これからは『カオルさま』って呼べ。いいな? ほら、呼んでみろよ」  つかまれたままの前髪をまた引っぱられて、上を向かされる。 「ほら、言えよ。『カオルさま』って」  瞳を輝かせ、不気味な微笑を浮かべたカオルが恐ろしい。  でも、気持ち悪くて怖いはずなのに、なぜか惹かれてしまう。美しいとすら感じてしまう。  名前を言おうとしたら、唇が震えた。声が出ない。 「……か……」 「なに? 聞こえない!」  ぐいぐいと髪を引っぱられて、真希人はさらに仰け反った。 「うわっ!」  倒れそうになって思わず後ろに手を突いたら、びちゃっ、と音がした。  手のひらがぬるぬるして、(いや)(にお)いがして、自分で撒き散らした大便の中に手を突っ込んだのだと分かった。  真希人の頬を涙が伝う。 「……か…っ……か、お……」 「聞こえない! もう一回!」  緑色の眼を不機嫌そうに(すが)めたカオルが、真希人を見おろしていた。アッシュグレーの髪がひと筋、(つや)のある唇に張り付いている。 「かっ、お、る……カオル……さま………」  カオルは無言だった。まだ合格点はもらえないらしい。  真希人は息を吸い、腹に力を入れた。 「……カオルさま」 「うん、よくできました!」  ぱあっと花が咲いたような笑みを浮かべたカオルに、頭をがしがし撫でられる。  犬になったみたいだ。 「さあ、もう出すものはぜんぶ出し切ったみたいだね。風呂に入ろうか」  肘をつかまれ、ふらふら立ち上がったとたん、ひょいっと抱きあげられた。  カオルの綺麗な顔が、すぐ近くにある。 「えっ?」  真希人は驚いて、目を見張った。  カオルの中性的で細い身体のどこから、こんな力が出るのか。  しかも、脱糞(だっぷん)した真希人をあんなに軽蔑していたはずなのに、身に着けた高価な衣服が糞尿で汚れるのも(いと)わないようだ。 「もうすぐタケルが帰ってくる。それまでに、お尻の汚れを落とさないとね」  タケルは、カオルの双子の兄だ。  双子だから顔立ちも身体つきもよく似ているけれど、眼の色が違う。  カオルの眼はエメラルドグリーン、タケルは澄みきったヘイゼルだ。 「今日は三人でたっぷり遊んであげるから、楽しみにしてなよ」 「……ええ? 三人……って……?」 「もちろん、ヒロくんも、だよ。他に誰がいるの?」  カオルはちらりと、床にうずくまる紘行を一瞥(いちべつ)した。 「ヒロくん、きみの足枷の鍵はタケルが持ってるんだ。もうちょっとの辛抱(しんぼう)だから、いい子にしてるんだよ」  真希人をお姫さま抱っこしたカオルは、ソファに鎖で繋がれた紘行の前を横切った。  紘行と真希人の、二人の視線が絡む。  真希人を追う彼の眼つきはもう、親友を見るそれではない。性的な対象を追い詰めるときの、(おす)の眼だった。 (……嫌だ……あんなの、おれの知ってるヒロじゃない……!)  ()えた(けだもの)のようなギラギラした双眸(そうぼう)を向けられ、真希人は戦慄(せんりつ)した。

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