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淫らな面接 (2)

「な、マキ。期末試験も終わったし、ちょっと気晴らししてみないか?」  そんなことを言いながら、紘行はスマホの画面をこちらに向けた。  行きつけのハンバーガーショップは冷房がキンキンに効いていた。オレンジジュースのストローを(くわ)え、気持ちよく涼んでいた真希人は眉根(まゆね)を寄せる。 「なんだよ。出会い系サイトかなんか? おれ、もう女はいいわ」 「違うって。よく見ろよ」  半ばうんざりしながらスマホを(のぞ)き込むと、黒いドレスを着た美女の写真が真希人に微笑みかけてきた。  熟した果実を思わせる赤い髪。眼の色は薄く、肌は象牙(ぞうげ)色だ。大きく開いた胸元から、メロンみたいな乳房がこぼれ落ちそうになっている。  とんでもなく美しいが、見るからに(かね)のかかっていそうな、人工的な香りのする女性だった。  指先で画面をスワイプすると、別の女性の写真があらわれる。  こちらもリッチそうなマダムだ。 「これ、どこの国のセレブ・マダムだよ? おまえ、まさか不倫……」  真希人が言いかけると、 「だから違うって言ってるだろ。安っぽい出会い系なんかメじゃないぞ。リッチなマダムたちをパーティーでエスコートするんだ。報酬は一日あたり十万から三十万」  紘行は得意げに言う。 「はあ?」  意味が理解できない真希人は、間抜けな声を出した。 「エスコート? なに、それ」 「だから、俺たちがリッチなマダムと一緒に、パーティーとかイベントとかに参加するわけだよ。それだけで、一回あたり十万から三十万円のバイト代がもらえるってわけ」  真希人は、まじまじと紘行の顔を見た。開いた口がふさがらない。 「おまえ、また(だま)されてんだろ。こないだも出会い系サイトかどっかから、すごい請求がきたって騒いでなかった? 頭いいのに、なんで女のことになると学習能力皆無(かいむ)なわけ?」 「いや、それ違うし! 誤解してんぞ。おまえこそ、ちゃんと説明文、読めよ! 読解力ねえの?」 (ああ、もう……めんどくせ……)  そう思いながらも真希人は、もう一度スマホの画面を覗いた。 【セレブなマダムをエスコートする素敵なお仕事/容姿端麗・教養のある十八歳以上二十二歳以下の男性募集】 【セレブリティが集うパーティーやイベントに同伴/報酬は一回につき十万から三十万円(仕事内容や拘束時間により変動)】 【書類選考・面接・事前研修あり/応募は専用フォームに写真添付の上、こちらのアドレスに送ってください。elegant.partners@email.ne.jp(株)エレガント・パートナーズ 採用担当/タカナシ】  セレブ、セレブと胡散(うさん)(くさ)い。  読めば読むほど胡散臭い。  会社名からして胡散臭かった。 (今どき『素敵なお仕事』なんて言葉、使うか? いつの時代に生まれたんだよ?) 「ヒロ、なんだよ、これ。十八歳以上ってことは、セックスの相手とかもさせられるってことだろ? ただパーティーに同伴しただけで十万とか、ありえねえし」  学年でベスト5に入る成績なのに、こんな胡散臭い求人広告にほいほい引っかかる紘行が不思議だった。  人間、あまりに恵まれすぎた環境で育つと、危機管理ができなくなるようだ。 「そうだろうな。おまえの言うように、たぶんセックス込みの報酬だ。でも見てみろよ、みんなすげえ美人だぜ? セレブな美女とヤレて、バイト代は十万以上だぞ? こんなおいしい話があるか?」 「うまい話には裏があるんだよ。この世の常識じゃんか。ヒロ、おまえ、(かね)に困ってんの? こんなヤバい橋渡らなくても、親に相談すりゃいいんじゃね?」  紘行の家は、代々続く医者の家系だ。去年、駅前に巨大な整形外科専門病院を新築した。金は腐るほどあるはずだ。 「金がほしいわけじゃねーよ。スリルだよ、スリル! この会社のこと調べたけど、ちゃんとした人材派遣会社だった。面接とか研修もあるし、ヤバそうだったらバッくれりゃいいよ」 「なんでおれを誘うわけ? おまえ一人で応募すれば?」 「冷たいこと言うなよ。万が一なんかあっても、二人だったら心強いだろ?」 「二人一緒に受かるとは限らないだろ。おれが落っこちて、おまえ一人受かったらどーすんの?」 「そんときは辞退する」 「うーん……でもなあ……」  年上の、セレブな美女との火遊び――。  正直、気持ちは()かれた。真希人は大人っぽい美人に弱い。 (ほんとに、こんな綺麗(きれい)なお姉さんに可愛がってもらえるのかなぁ……だったら、考えてみてもいいか……)  ちょっとだけ迷って、心を決めた。 「分かった。一緒に応募してやるよ」  真希人と紘行は、お互いのスマホで顔写真の()りあいこをした。  その場で簡単なフォームに記入し、写真を添えて送信すると、すぐに返信が返ってきた。 「げっ! はやっ!」 「あ、俺んとこにも来た!」  メールを開くと、面接の日時と場所、メッセージが書かれていた。 『ご応募ありがとうございました。採用担当のタカナシと申します。わたくしどもは全国に会員を持つ、セレブ女性ばかりのサロンを運営しております。ぜひとも面接にお越しくださいませ。お会いできるのを楽しみに、お待ちしております』  日にちはあさっての土曜日。時間は二人とも同じ、午後四時から。面接会場は高級複合施設、南青山ヒルズ・タワーの四十八階だった。  モデルをやっていたとき、グラビアの撮影で何度か行った場所だ。 (あそこを借りれるくらいの会社なら、信用しても大丈夫かもしれないけど……)  想像していたよりもあっけなく決まってしまって、真希人は拍子(ひょうし)抜けしていた。  たぶん面接なんて形だけで、顔で合格が決まるのであろうことはあきらかだ。  セレブ女性ばかりのサロンだって? 胡散臭すぎる。『やっぱり、やめといたほうがいいかもな』と不安になった。 「書類選考、受かっちまったな……どうする?」  紘行に尋ねる。 「どうするって、行くっきゃないだろ」 「でもさ、こんな簡単に、二人とも通るって……きっと、すごい人数が面接に来るんじゃね?」 「だから?」 「受かる可能性がないんだったら、わざわざ行ったって無駄じゃん?」 「なんだよ、マキ。おまえ、いつからそんな消極的になったんだ? 元売れっ子のモデルだろ? おまえが落っこちたら全員落っこちる。自信持てよ」 「…………」  真希人は答えなかった。  話したところで、恵まれたお坊ちゃま育ちの紘行には、たぶん伝わらない。  かつて真希人がいた芸能界は、美貌と才能に恵まれた上に努力を(いと)わない、選ばれし人間ばかりが集まる世界だった。  上には上がいる。  自分程度の容姿や能力など、特別でもなんでもなかった。ただの『その他大勢(おおぜい)』だ。 「何を着てけばいいんだろな? 暑いけど、やっぱスーツか? マキ、おまえ、夏用のスーツとか持ってる?」 「あるけど」 「じゃ、スーツで決まりだな。会場、青山だっけ。待ち合わせ、どうする? 何時頃がいい?」  紘行は嬉しそうに段取りをしていくが、真希人は浮かれる気分にはなれなかった。 (やっぱり変だ……いくらなんでも、応募した後のレスが速すぎないか? それに、なんでヒロと同じ時間に面接なんだろ? ほぼ同時に送信したから?)  嫌な胸騒ぎがする。 「おい、マキ、聞いてんのか?」 「え? あ、ああ……ごめん」 「待ち合わせだよ。どこで、何時にする?」 「あー、面接が四時からだから……二十分前に表参道の駅でいいんじゃね? 地下鉄の」  胸騒ぎを隠して答える。 (きっと、考えすぎだ。一人で行くわけじゃない。ヒロもいるんだから、大丈夫……)  真希人は自分に言い聞かせた。

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