5 / 16

淫らな面接 (3)

――お、おう」 「へえ……」  面接当日。  最寄(もよ)り駅で落ち合った真希人(まきと)紘行(ひろゆき)は、お互いのスーツ姿を見て声を漏らした。 「やっぱマキって、プロのモデルやってただけあるわ。すっげえスーツ似合うのな。立ってるときの姿勢もいいし、大人っぽく見える」 「ヒロこそ似合ってるよ、びっくりした。でも、やっぱ暑いよな、この時期は」  二人の(かよ)う開星学院の制服は今どき流行らない詰め襟だったから、よけい新鮮に映った。女子は紺色のセーラー服。  そのダサさが、保護者たちの眼には『由緒(ゆいしょ)正しき伝統』に映るらしい。  真希人は明るめのダークブルーのスーツに黒のシャツ、ブルーグレーの光沢のあるネクタイだ。  紘行のスーツは、ほぼ黒に見えるチャコールグレー。白いシャツに、臙脂(えんじ)に小さなドット模様が入ったネクタイを合わせている。  紘行のスーツは、近くで見ると仕立ての良さが分かる。  軽そうで織り目の詰まった、上品な光沢のある麻の生地。決して安物ではない真希人のスーツの、おそらく倍以上の値段がするだろう。  都内の一等地に大病院を構えるセレブリティと、町工場経営者の息子との格差には慣れっこになっていて、今さら嫉妬する気持ちにもなれなかった。 「えっと……ヒルズ・タワーって、どっちの方向だっけ?」  紘行がきょろきょろと周囲を見回す。 「ヒロ、行ったことないの?」 「あるさ。いつも車だから、勝手がわかんねーんだ」  紘行にとって『車』というのは、『運転手付きの高級車』という意味だ。 「こっち。地下から行くほうが早いよ」  モデル時代に(とお)った経路を思い出しながら、真希人は先に立って歩きだした。  昨夜(ゆうべ)はよく眠れなかった。  不安なのは当然だったが、それ以上に真希人の眼を冴えさせたのは、紘行がスマホで見せた黒いドレスの女性だった。  人工的に手を加えているのかと疑うような張りのある巨乳に、卵形の整った顔の輪郭(りんかく)。手入れの行きとどいた、すべすべの白い肌。  少々厚化粧だったが、顔立ちの美しさは尋常(じんじょう)ではなかった。  特に、猫みたいなアーモンド型の眼は独特だった。琥珀(こはく)(いろ)というのか、金色っぽい変わった色をしていた。  カラーコンタクトを入れているのか、外国人の血が混じっているのか、写真では分からなかったが、一度見たら忘れられない美貌だ。 (あんな綺麗な大人の女性が、ほんとにおれみたいな高校生とエッチとか、してくれるんだろうか? まさか土壇場(どたんば)になって、ヤクザみたいな変な男が裏から出てきたりとか……しないよな?) 『採用が決まったわけでもないのに、よけいな想像すんな!』と、自分で自分に突っ込みを入れてみたりもしたが、やはり気になる。  ベッドに入った真希人の脳裏には、いやらしい妄想が後から後から湧きあがってくる。  こんな漫画みたいな展開、あり得ないと分かっていても、抑えることができなかった。  あの写真の美女の形のいい唇や、大きく開かせた股間のあそこに、自分のペニスを突き立てる想像をほんの一瞬しただけで、どうしようもなく興奮してしまう。  結局三回も抜いてしまい、眠りについたのは明け方近くだった――。  五分ほどで、真希人たちは南青山ヒルズ・タワーの正面玄関に到着した。  ものものしい制服姿の守衛が二人、玄関ドアをはさんで両側に立っている。  一般的な高校生なら気後(きおく)れするだろう光景も、真希人と紘行にとっては見慣れたものだった。  軽い会釈(えしゃく)をしてドアを通り抜け、冷房が効いていることにほっとしながらエレベーターホールに向かった。 「部屋番号は……4815」 「了解」  高層階専用のエレベーターに乗り込んでボタンを押すと、ステンレス製の箱が一気に上昇していく。  四十八階で降りると、透明なガラスのドアに行く手を(はば)まれた。 「いらっしゃいませ、ようこそ。ご要件をお伺いいたします」  ドアのすぐ横に大理石のカウンターがあり、ベージュの制服を着た美女が微笑(ほほえ)んでいる。 「あの、エレガント・パートナーさんと、四時からの約束です」  真希人は少し緊張しながら告げた。 「かしこまりました。安藤さまと桜河(おうが)さまでございますね。お待ち申しあげておりました」  ガラス扉が左右にシュン、と静かに開いた。SF映画みたいだ。 「この廊下を、まっすぐお進みくださいませ。廊下の突き当たりを左に折れていただきますと、4815号室がございます」  ふかふかのカーペットを踏みしめながら、二人は広く長い廊下を進む。  規則的にドアが並んだ真っ白い壁を、間接照明が柔らかく照らしている光景は幻想的だった。 「何度来てもすげえよな、ここ。俺、大学出たらここに住みたい」 「SF映画のセットみたいだよね。親に頼めば、ヒロなら簡単に住めるんじゃね?」 「いや、そんなことないぞ。やっぱ自分で、しっかり稼げるようにならないと」  紘行にしては、珍しく生真面目(きまじめ)なことを言う。 (やっぱり、こいつも緊張してるんだろうな……おれと変わんないじゃないか)  真希人の唇に、自然に笑みが浮かんだ。  二人が出会ったのは幼稚部に入学した四歳のときだから、かれこれ十四年。  (くさ)(えん)などとうに超えてしまって、ミイラ化してるんじゃないかと思うことがある。  紘行のことを誰かに()かれたなら、『いい奴』だとは、お世辞にも言えない。  大きな挫折を経験していないせいなのか、傲慢(ごうまん)で自己中心、弱者を見くだすような所もある。  けれど反面、びっくりするくらいに純粋で、一度信頼して受け入れた人間は絶対に裏切らない。  脳天気で、自分の強運を信じていて、起きてもいない未来の心配なんか一切しない。  その妙に素直な天然のポジティブさに、真希人は何度も救われてきた。なんだかんだ言っても、自分はこいつを人間として好きなんだと思う。 (でも……なぁ……)  自分の強運や未来を疑わない紘行に流されてしまったせいで、今の真希人は真夏の盛りにスーツを着て、こんな場所にいるのだ。        ◆◆◆     ◆◆◆  目指す部屋の前で二人は足を止めた。  ここだけ他の部屋とは違い、古風で重厚な木製のドアだった。  紘行がインターホンのチャイムを押す。ドアが開くまでのわずかな時間が、とてつもなく長く感じる。  カチャリ、とロックの外れる音がした。  重そうなドアが内側に引かれ、背の高い中性的な美女が顔を覗かせる。  ()が緑色だった。  白いブラウス、下はジーンズとショートブーツというカジュアルなスタイルで、化粧っ気はなく、アクセサリーも付けていない。  けれど真希人には、彼女が()いているブーツがジミー・チュウで、値段が二十万円近くすると分かってしまった。  ゆるいウエーブのかかったアッシュグレーの髪は、肩に届くくらいのセミロング。  全身から、すごくいい匂いがする。 「安藤くんと桜河くんだね?」  ハスキーな声で、彼女は尋ねた。  ひどく違和感があった。  女性の声とは、あきらかにトーンが違う。 (え? この人、もしかして……男……?)  失礼だと分かっていても、つい、まじまじと見てしまった。  目立たないけれど、首に喉仏(のどぼとけ)らしい出っぱりがある。やっぱり男だ。 「中へどうぞ」  彼に招かれるまま、真希人と紘行は室内に入った。  部屋は広くて明るく、壁一面がガラス張りになっていて、東京の街が一望できた。  窓の側に大きな花瓶があり、ひと抱えはありそうな生花(せいか)がアレンジされている。  リビングの中央には高級そうな革張りのソファセットが置かれ、その前には複雑な彫刻が(ほどこ)されたアンティークのローテーブルがあった。  床に敷かれたラグは幾何学(きかがく)模様(もよう)のキリムだ。  白い天井には、やはりヨーロッパ製のアンティークらしいシャンデリアが吊られている。  センスのいい瀟洒(しょうしゃ)な部屋だった。 「どうぞ、そこに座って」  緑の眼の中性的なイケメンにうながされ、真希人は紘行と並んで、本革張りのソファに浅く腰掛けた。 「小鳥遊(たかなし)カオルといいます。兄と一緒にこの会社を経営してるんだけど、今日の面接は僕の担当なので、よろしく。飲みものは何がいい? コーヒー? 紅茶? それとも日本茶?」  カオルと名乗ったイケメンは、テーブルをはさんだ向かい側に座り、二人に尋ねる。 「ミルクティーをお願いします」 「俺はコーヒーで」  いつの間にか現れたスタッフらしき男性に、カオルは飲みものを持ってくるよう指示した。まだ若く、学生っぽい感じがするが、そのスタッフらしき彼の容姿も整っている。  カオルは長い脚を組んで話しはじめた。 「まず、仕事の内容なんだけど。募集要項にあった通り、リッチな女性たちで構成されたメンバーズ・クラブの、きみたちは専属ホストになるわけ。メンバーの要請(ようせい)に応じてパーティーや買いもの、季節ごとのイベントなどに同伴して彼女たちをエスコートする。簡単でしょ?」 (……簡単じゃないよ。セックスの相手もするんだろ?)  真希人は思ったが、口には出さない。  今になって気付いたが、昨日スマホの写真で見た黒いドレスの美女に、カオルは何となく似ているような気がする。眼と髪の色と性別は違うけれど。 (まさか、きょうだいとか……?)  経営者の美人の身内が人寄せのためのサクラになるというのは、あり得ない話ではない。 (もしそうだとしたら、おれは、あの黒いドレスの美女に会うことはない、ってことになるんだな……彼女がサクラだったとしたらの話だけど……)  真希人は意を決した。  飲みものが運ばれてきたのを機に、カオルに向かって切り出した。 「あの、単刀直入(たんとうちょくにゅう)にお()きしてもいいですか?」 「何かな?」  緑色の眼にまっすぐ見据(みす)えられると、言葉に詰まった。結構な迫力がある。 「この仕事って……その……実質的には、売春ってことですよね……?」  カオルが()るような視線を向けた。  ()の雰囲気があきらかに変わり、真希人はごくりと唾液(だえき)を飲み込む。 (やばっ! まずいことを訊いちゃったんだな……)  心臓がばくばくする。  けれど次の瞬間、カオルの表情がふわっと(ゆる)んだ。 「――ああ、そこまで分かってるんなら話は早いな。そう、そういうこともあるよ、メンバーから求められたらね。三十万円の報酬は、その場合の最低金額なんだ」 「さ、最低金額? じゃ、もっと高くなるってこと?」  紘行の声が裏返った。 「お相手をしたメンバーに気に入られたらね。チップみたいなものだよ」  カオルがにっこりと笑う。 「……募集内容をよく読めば、何となく察しはつくよね? 報酬が(けた)違いだもの。きみたちも、そういう下心があったから応募してきたんだよね?」  その通りだったので、真希人も紘行も押し黙った。 「まぁ、特殊な仕事だからね。疑心(ぎしん)暗鬼(あんき)になるのは仕方ないよ。ほら、飲みものを飲んで、少し落ち着いて」  そう言われて、真希人はミルクティーに口をつけた。  濃いアールグレイにミルクがたっぷり入っている。ひと口飲むと、(のど)がカラカラに(かわ)いていたことに気が付いた。  はしたないと思いながらも、一気に飲み干してしまう。  ティーカップを(から)にして、「ふう」と息をつくと、カオルが満足そうに(うなず)いた。 「じゃ、次の審査に行こうか。二人とも、服を脱いでくれる?」

ともだちにシェアしよう!