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淫らな面接 (3)
「――お、おう」
「へえ……」
面接当日。
最寄 り駅で落ち合った真希人 と紘行 は、お互いのスーツ姿を見て声を漏らした。
「やっぱマキって、プロのモデルやってただけあるわ。すっげえスーツ似合うのな。立ってるときの姿勢もいいし、大人っぽく見える」
「ヒロこそ似合ってるよ、びっくりした。でも、やっぱ暑いよな、この時期は」
二人の通 う開星学院の制服は今どき流行らない詰め襟だったから、よけい新鮮に映った。女子は紺色のセーラー服。
そのダサさが、保護者たちの眼には『由緒 正しき伝統』に映るらしい。
真希人は明るめのダークブルーのスーツに黒のシャツ、ブルーグレーの光沢のあるネクタイだ。
紘行のスーツは、ほぼ黒に見えるチャコールグレー。白いシャツに、臙脂 に小さなドット模様が入ったネクタイを合わせている。
紘行のスーツは、近くで見ると仕立ての良さが分かる。
軽そうで織り目の詰まった、上品な光沢のある麻の生地。決して安物ではない真希人のスーツの、おそらく倍以上の値段がするだろう。
都内の一等地に大病院を構えるセレブリティと、町工場経営者の息子との格差には慣れっこになっていて、今さら嫉妬する気持ちにもなれなかった。
「えっと……ヒルズ・タワーって、どっちの方向だっけ?」
紘行がきょろきょろと周囲を見回す。
「ヒロ、行ったことないの?」
「あるさ。いつも車だから、勝手がわかんねーんだ」
紘行にとって『車』というのは、『運転手付きの高級車』という意味だ。
「こっち。地下から行くほうが早いよ」
モデル時代に通 った経路を思い出しながら、真希人は先に立って歩きだした。
昨夜 はよく眠れなかった。
不安なのは当然だったが、それ以上に真希人の眼を冴えさせたのは、紘行がスマホで見せた黒いドレスの女性だった。
人工的に手を加えているのかと疑うような張りのある巨乳に、卵形の整った顔の輪郭 。手入れの行きとどいた、すべすべの白い肌。
少々厚化粧だったが、顔立ちの美しさは尋常 ではなかった。
特に、猫みたいなアーモンド型の眼は独特だった。琥珀 色 というのか、金色っぽい変わった色をしていた。
カラーコンタクトを入れているのか、外国人の血が混じっているのか、写真では分からなかったが、一度見たら忘れられない美貌だ。
(あんな綺麗な大人の女性が、ほんとにおれみたいな高校生とエッチとか、してくれるんだろうか? まさか土壇場 になって、ヤクザみたいな変な男が裏から出てきたりとか……しないよな?)
『採用が決まったわけでもないのに、よけいな想像すんな!』と、自分で自分に突っ込みを入れてみたりもしたが、やはり気になる。
ベッドに入った真希人の脳裏には、いやらしい妄想が後から後から湧きあがってくる。
こんな漫画みたいな展開、あり得ないと分かっていても、抑えることができなかった。
あの写真の美女の形のいい唇や、大きく開かせた股間のあそこに、自分のペニスを突き立てる想像をほんの一瞬しただけで、どうしようもなく興奮してしまう。
結局三回も抜いてしまい、眠りについたのは明け方近くだった――。
五分ほどで、真希人たちは南青山ヒルズ・タワーの正面玄関に到着した。
ものものしい制服姿の守衛が二人、玄関ドアをはさんで両側に立っている。
一般的な高校生なら気後 れするだろう光景も、真希人と紘行にとっては見慣れたものだった。
軽い会釈 をしてドアを通り抜け、冷房が効いていることにほっとしながらエレベーターホールに向かった。
「部屋番号は……4815」
「了解」
高層階専用のエレベーターに乗り込んでボタンを押すと、ステンレス製の箱が一気に上昇していく。
四十八階で降りると、透明なガラスのドアに行く手を阻 まれた。
「いらっしゃいませ、ようこそ。ご要件をお伺いいたします」
ドアのすぐ横に大理石のカウンターがあり、ベージュの制服を着た美女が微笑 んでいる。
「あの、エレガント・パートナーさんと、四時からの約束です」
真希人は少し緊張しながら告げた。
「かしこまりました。安藤さまと桜河 さまでございますね。お待ち申しあげておりました」
ガラス扉が左右にシュン、と静かに開いた。SF映画みたいだ。
「この廊下を、まっすぐお進みくださいませ。廊下の突き当たりを左に折れていただきますと、4815号室がございます」
ふかふかのカーペットを踏みしめながら、二人は広く長い廊下を進む。
規則的にドアが並んだ真っ白い壁を、間接照明が柔らかく照らしている光景は幻想的だった。
「何度来てもすげえよな、ここ。俺、大学出たらここに住みたい」
「SF映画のセットみたいだよね。親に頼めば、ヒロなら簡単に住めるんじゃね?」
「いや、そんなことないぞ。やっぱ自分で、しっかり稼げるようにならないと」
紘行にしては、珍しく生真面目 なことを言う。
(やっぱり、こいつも緊張してるんだろうな……おれと変わんないじゃないか)
真希人の唇に、自然に笑みが浮かんだ。
二人が出会ったのは幼稚部に入学した四歳のときだから、かれこれ十四年。
腐 れ縁 などとうに超えてしまって、ミイラ化してるんじゃないかと思うことがある。
紘行のことを誰かに訊 かれたなら、『いい奴』だとは、お世辞にも言えない。
大きな挫折を経験していないせいなのか、傲慢 で自己中心、弱者を見くだすような所もある。
けれど反面、びっくりするくらいに純粋で、一度信頼して受け入れた人間は絶対に裏切らない。
脳天気で、自分の強運を信じていて、起きてもいない未来の心配なんか一切しない。
その妙に素直な天然のポジティブさに、真希人は何度も救われてきた。なんだかんだ言っても、自分はこいつを人間として好きなんだと思う。
(でも……なぁ……)
自分の強運や未来を疑わない紘行に流されてしまったせいで、今の真希人は真夏の盛りにスーツを着て、こんな場所にいるのだ。
◆◆◆ ◆◆◆
目指す部屋の前で二人は足を止めた。
ここだけ他の部屋とは違い、古風で重厚な木製のドアだった。
紘行がインターホンのチャイムを押す。ドアが開くまでのわずかな時間が、とてつもなく長く感じる。
カチャリ、とロックの外れる音がした。
重そうなドアが内側に引かれ、背の高い中性的な美女が顔を覗かせる。
眼 が緑色だった。
白いブラウス、下はジーンズとショートブーツというカジュアルなスタイルで、化粧っ気はなく、アクセサリーも付けていない。
けれど真希人には、彼女が履 いているブーツがジミー・チュウで、値段が二十万円近くすると分かってしまった。
ゆるいウエーブのかかったアッシュグレーの髪は、肩に届くくらいのセミロング。
全身から、すごくいい匂いがする。
「安藤くんと桜河くんだね?」
ハスキーな声で、彼女は尋ねた。
ひどく違和感があった。
女性の声とは、あきらかにトーンが違う。
(え? この人、もしかして……男……?)
失礼だと分かっていても、つい、まじまじと見てしまった。
目立たないけれど、首に喉仏 らしい出っぱりがある。やっぱり男だ。
「中へどうぞ」
彼に招かれるまま、真希人と紘行は室内に入った。
部屋は広くて明るく、壁一面がガラス張りになっていて、東京の街が一望できた。
窓の側に大きな花瓶があり、ひと抱えはありそうな生花 がアレンジされている。
リビングの中央には高級そうな革張りのソファセットが置かれ、その前には複雑な彫刻が施 されたアンティークのローテーブルがあった。
床に敷かれたラグは幾何学 模様 のキリムだ。
白い天井には、やはりヨーロッパ製のアンティークらしいシャンデリアが吊られている。
センスのいい瀟洒 な部屋だった。
「どうぞ、そこに座って」
緑の眼の中性的なイケメンにうながされ、真希人は紘行と並んで、本革張りのソファに浅く腰掛けた。
「小鳥遊 カオルといいます。兄と一緒にこの会社を経営してるんだけど、今日の面接は僕の担当なので、よろしく。飲みものは何がいい? コーヒー? 紅茶? それとも日本茶?」
カオルと名乗ったイケメンは、テーブルをはさんだ向かい側に座り、二人に尋ねる。
「ミルクティーをお願いします」
「俺はコーヒーで」
いつの間にか現れたスタッフらしき男性に、カオルは飲みものを持ってくるよう指示した。まだ若く、学生っぽい感じがするが、そのスタッフらしき彼の容姿も整っている。
カオルは長い脚を組んで話しはじめた。
「まず、仕事の内容なんだけど。募集要項にあった通り、リッチな女性たちで構成されたメンバーズ・クラブの、きみたちは専属ホストになるわけ。メンバーの要請 に応じてパーティーや買いもの、季節ごとのイベントなどに同伴して彼女たちをエスコートする。簡単でしょ?」
(……簡単じゃないよ。セックスの相手もするんだろ?)
真希人は思ったが、口には出さない。
今になって気付いたが、昨日スマホの写真で見た黒いドレスの美女に、カオルは何となく似ているような気がする。眼と髪の色と性別は違うけれど。
(まさか、きょうだいとか……?)
経営者の美人の身内が人寄せのためのサクラになるというのは、あり得ない話ではない。
(もしそうだとしたら、おれは、あの黒いドレスの美女に会うことはない、ってことになるんだな……彼女がサクラだったとしたらの話だけど……)
真希人は意を決した。
飲みものが運ばれてきたのを機に、カオルに向かって切り出した。
「あの、単刀直入 にお訊 きしてもいいですか?」
「何かな?」
緑色の眼にまっすぐ見据 えられると、言葉に詰まった。結構な迫力がある。
「この仕事って……その……実質的には、売春ってことですよね……?」
カオルが射 るような視線を向けた。
場 の雰囲気があきらかに変わり、真希人はごくりと唾液 を飲み込む。
(やばっ! まずいことを訊いちゃったんだな……)
心臓がばくばくする。
けれど次の瞬間、カオルの表情がふわっと緩 んだ。
「――ああ、そこまで分かってるんなら話は早いな。そう、そういうこともあるよ、メンバーから求められたらね。三十万円の報酬は、その場合の最低金額なんだ」
「さ、最低金額? じゃ、もっと高くなるってこと?」
紘行の声が裏返った。
「お相手をしたメンバーに気に入られたらね。チップみたいなものだよ」
カオルがにっこりと笑う。
「……募集内容をよく読めば、何となく察しはつくよね? 報酬が桁 違いだもの。きみたちも、そういう下心があったから応募してきたんだよね?」
その通りだったので、真希人も紘行も押し黙った。
「まぁ、特殊な仕事だからね。疑心 暗鬼 になるのは仕方ないよ。ほら、飲みものを飲んで、少し落ち着いて」
そう言われて、真希人はミルクティーに口をつけた。
濃いアールグレイにミルクがたっぷり入っている。ひと口飲むと、喉 がカラカラに渇 いていたことに気が付いた。
はしたないと思いながらも、一気に飲み干してしまう。
ティーカップを空 にして、「ふう」と息をつくと、カオルが満足そうに頷 いた。
「じゃ、次の審査に行こうか。二人とも、服を脱いでくれる?」
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