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第5話
意味もなく溢れそうな涙を堪えながら俯いて気付けば昔住んでいたところの最寄りの駅まで来てた
ふらふらと立ち上がって何かを探すように昔歩いた道を進む
僕が住んでいたのはもう十年以上も前で周りは何もかも変わってて僕を知ってる人だってもちろん無くて…一人取り残されたような気持ちになりながらフラフラと彷徨い歩く
「しーさん?」
…寂しくて幻聴まで聞こえてきたようだ。懐かしい声が僕を呼んだ気がしたんだ…
「しーさんでしょ!?」
ぐっと強く腕を引かれ何か温かいものにぶつかる
「…あ…ごめんなさい…」
顔を見て謝らなくちゃと視線を上げる。その瞬間時が止まった感覚に陥った
「…とも…くん…?」
「やっぱりしーさんだ!どうしたのこんなとこで!」
ずっと記憶の片隅に居座り続けた初恋の相手がそこにはいた…
…どうして…?
数十年経って環境も変わって産後増えすぎたまま戻れないままのでっぷりとした体。顔にはシミやシワも増えて…こんなにも変わり果てた僕になんて君は気付かないと思ってた…なのにどうして…?よりにもよって彼は気付いてしまったのだろう?
「な…で…」
「フラフラしてる人がいるなって気になって見たらしーさんだったから」
「…いやだ…見ないで…こんな…こんな姿になっちゃった…から…恥ずかしい…」
彼と過ごしたときは今よりとても華奢で服もそれなりに気を付けてて…肌のお手入れもそれなりにしてた。だけど今の僕は華奢とは程遠くなって部屋着みたいな格好で…顔もすっかり老け込んで…こんな姿でカッコいいともくんの隣に立つなんて…耐えられない…
必死にともくんの腕を振り解いて走り出す
「しーさん!?」
いい年した醜いおっさんがこんな必死で走ってるなんて滑稽だとはわかってるんだけど止まれなかった…けどともくんには敵うわけなくてすぐに捕まってしまった…
「しーさん!しーさん!落ち着いて…ここだと目立つ。近くに車停めてるから来て」
強引に手を引かれて車に乗せられて発進した
「ともくん…どこ行くの?」
「決めてない。けど話したいからまだ帰さないよ」
初めて見るともくんの真剣な表情に握られた手を離せずにいた。こんなにも大きな手だったかな?こんなに男らしかったかな?
僕の記憶の中のともくんはいつもニコニコ笑ってる子だった。僕に触れたことなんて一度もなくて僕の告白も笑顔で断った人。
僕の初恋で最後の恋で…思い出は美化されるって聞いたこともあるけれど昔よりずっとずっとカッコよくなってドキドキと胸が高鳴って…
あぁ…本当に最低だな…あんなにもいい旦那さんがいるのにな…
「しーさん」
「?」
「俺んちでいい?」
「ご実家?ここから一時間くらいかかるよね?」
「んなわけないでしょ。流石にもう実家は出たよ」
「あ!結婚した?おめでとう!!」
そうだよね。あれから時は経ったんだ僕だけじゃない…ともくんだって…ともくんが選んだ人に嫉妬しちゃうけどそれもまた僕の勝手なわけで…
「…してないですよぉ。しがない一人暮らしですぅ。恋人も何もない寂しいおっさんですよぉ」
「えぇ!!」
「え!?いやいやいや!そんなに驚く?」
「いや…だって…ともくんだよ?」
「何それ!」
あははって大きく笑う姿は変わってない。ともくん…ともくん…
正直ホッとした。ともくんはまだ誰のものでもないんだ…
あぁ…本当に…そんな自分が嫌になってしまう…
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