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第8話
自嘲気味に話し終えるとともくんがもっと強く抱きしめて僕を呼ぶ
「しーさん」
「…」
「…あの時…無理矢理でも…攫っておけばよかった…」
「え?」
絞り出すような…苦しそうな声に言われたことがすぐには理解できなかった。こんなに苦しくて涙が出そうな声も初めて聞いた。どういうことなの?
「しーさんが結婚してすぐの頃…会ったでしょ?桜…見に行ったとき…最後に会った日」
その日はまだ覚えてる…ずっと鳴らなかった着信音がすごく久し振りに響いたんだ…会いたくて会いたくて…けどもう僕は人のものになってて…だから会えるのは最後だと思った。顔を見た瞬間ともくんの胸に飛び込みたいって…最後にぎゅってして欲しいって…けどそんなことは言えなかった。
…だって…ともくんは僕のことをそういう意味で好きにはならないって…何度も話してくれたから…
もう会えないんだって…この気持ちは捨てなきゃって…自分に必死に言い聞かせてともくんに背を向けた。
好きで好きでたまらないのに楽になれる方を選んだ臆病な僕はまだあのときに縛り付けられてしまっていた。
環境は変わってもあの日の記憶を色々な場面で思い出してしまっていた。
夫と出会った頃。まだともくんを好きな僕に他の人を好きでいいから…変わりでいいから側に居させてって夫は言ってくれた…だからそれに甘えてしまって僕は楽な道を選んだ。
けど一緒にいるならそのままじゃだめだなって思ったんだ。
だからともくんへの想いはもう過去のことだよって何度も夫に笑って話してた
今は君が大好きだよって…嘘を吐き続けてた…
…結局ずっと僕はともくんが好きで…どうしても夫のことはそういった意味で好きにはなれなくて…
そんなこと夫には言えない…隠し続けてる秘密なんだ…
だからかな?夫には伝わってたのかな?だから他の人に目移りしちゃったのかな?
「こんな風にしーさんを傷つける人だったなら…無理矢理でも攫ったのに…」
「違うよ。俺が悪いの…俺がともくんを忘れられなかったから…ともくんにその気は全く無いのにね。…もう帰らなきゃ…子どもたちが帰ってきちゃう…」
「帰したくない…」
そう言うとともくんは太ってしまってぷくぷくな俺を軽々と抱き上げてベッドに転がした
両手首を抑えられて動けない
「ともくん?」
「このままここにいればいい…」
そう言うとともくんは僕に強引に口付けた。クチュクチュと響く熱を持った水音…それだけでどうしようもなく嬉しくて…初めてともくんに触れられた場所がどうしようもなく熱くて…涙が溢れた
「んん……」
「しーさん…あの日…俺…しーさんのこと好きだよって…言ったでしょ?」
「それは…友人として…だったでしょ?」
「違うよ…何年もかかったけどやっと伝えた俺の本当の気持ち…しーさんと同じ意味での好きだよって…ことだったんだよ」
「そんな…」
「あのときの気持ちは今でも変わってない…ずっとずっと…今もしーさんのこと好き…だからさっき見つけたとき我慢できなかった…」
そう言うとそっと抱き起こしてくれた
「無理矢理…キスなんて…しちゃだめなのに…ごめん…ねぇ…聞いてくれる?」
頷こうとしたその時マナーモードにしてた僕のスマホが震えた。
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