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第71話
虹彩side
しおりくんを見送って部屋に戻ると何とも微妙な空気が流れていた
「どうした?」
「しおりさん聞いてたのと全然違ったなぁって」
「あぁ。そうだな。とても気の強い人のようだな」
「うん。でもすごく綺麗でカッコよかった」
しおりくんは本来そういう人。自分をしっかり持っている。ただこの男は従順で何もできないと思っていたようだ。
こんなにも長い間一緒に生活していてその姿に気づかなかった時点で彼は本当にしおりくんを愛していたわけではなかったことがよくわかる。
確かに始めは好きだったのかもしれない。とても魅力ある人だから。けど好きな人がいるのに自分を選ばせた時点でもう自分の専属家政婦を得たとでも思ったんだろう
それなら俺は見る目が本当になかったんだな。上辺の彼に騙されて結婚することを祝ってしまったんだ。いい人と巡り会えたって思ってしまった…その後こんなことになるなんて想像もしてなかった。わかっていたら俺は無理矢理にでもしおりくんを攫っただろうに…なんて…後の祭りだけどさ
「あ。これ。見てくれます?」
俺が取り出したのは多くの書類と写真だ。これは息子の繋くんに預かったもの。俺としおりくんの関係も知っていた上で俺に依頼してきた。
俺の本業は別にあるのだがこちらは昔からうちの親族が代々残していったものだ。情報屋として繋くんと契約していたのだがまさかその彼から依頼を受けるとは思わなかった
「これは…?」
「中見て」
しおりくんの旦那はそれを開くと驚愕し汗をかきはじめた
「覚えあるよね?」
「…知りません…」
「へぇ…なぁ…お前さ…本当にこの人がいいの?」
パートナーだった奴に問う
「俺は彼がいい…そのことは俺は全て知った上でそれでも彼に惹かれたんだ…彼がどんなにたくさん嘘つきで酷い男で大切な家族を傷付けていたとしても…」
「なっ…」
「…ごめんなさい…黙っていて…本当はある人から依頼を受けて君に近付いたんだ…」
「どういうこと…」
「それは…」
「これを見てもなお君はしおりくんにだけきつく当たるのかい?しおりくんだけを責めるのかい?俺から言わせてみると君の方がよっぽどだと思うけど?」
「…俺を騙してたってこと?」
「始めは…けど…俺は知ってるから…あなたをずっと側で見てきたから…あなたのことを見つめていたらどうしようもなく…あなたのことを…愛してしまった…依頼は…失敗…けど…後悔なんてしてない。だって…俺は初めて人を好きになったんだ…初恋なんだ。これからどんな事があっても俺は君から離れたくないし一生愛し続ける。これまでのことが一つも変わらなくったっていい。外に沢山相手がいてもいい…君の求めるパートナーにだってなれる。君のそばにいられるなら他には何もいらないから…だから…これからも…側にいさせて」
パートナーの言葉に少し俯いたあとそっと彼を抱きしめた
「ごめん…もう二度と同じ過ちは繰り返さないから…」
その言葉はきっと守られることはないのだろう…けれど彼が幸せそうにほほえんでいるから…これでいいのだ…
俺の初恋は叶わなかった。後悔だって沢山した。
初恋以来誰も好きになれなかった…だけど…だからこそ見えたものもあった。
俺はきっとその初恋を思い出になんかできないまま日々を過ごしていくのだろう。
全てを手に入れてきた俺が唯一手にできなかったものを胸に抱いて…
「これを踏まえこれからのこと考えることが君の努めだよ。じゃあ。俺はここで失礼するよ」
外へ出るといつの間にか雨は上がり薄暗い空を虹が彩っていた。
なぁ。しおりくん。君が幸せであることを願っているよ。誰よりも大切で愛しい存在の君のこと思いながら。
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