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第9話

 最初、三河の姫は男だと、散々周りからからかわれたが、一生はいっこうに気にする様子はなかった。それどころか、 「俺の姫は日本一可愛い」  と、自慢しまくった。  旭葵は姫は姫でも他の姫のように、男の子たちの交戦を外から優雅に見物するような姫ではなかった。  武将の後ろから飛び蹴りを食らわしてくる凶暴な姫として、皆から恐れられた。誰も三河の姫を男だという理由でからかう者はいなくなった。  一生と旭葵の最強タッグが組まれた三河は、それからまもなくして天下統一を果たした。  一生は自分以外に旭葵のことをアサと呼ばせなかった。キングの特権なのだそうだ。そういう王様なところが、一生は武将というよりキングなのかも知れないと、旭葵はちょっと思ったりもした。    一生が喧嘩に強いのは、生まれながらの運動神経の良さによるところが大きかったが、一生はトライアスロンというスポーツをやっていた。スイム(水泳)とバイク(自転車)、ラン(マラソン)からなる過酷なスポーツだ。 「なぁ、アサ、俺の応援に来てくれよ」  トライアスロンは子どもの大会もあって、一生は小学1年生の時から出場していた。が、一生はそのことを周りにはあまり言っていなかった。  もしかしたらビリから数えた方が早いような成績で恥ずかしいのかも知れないな。  自分にだけ一生が秘密を打ち明けてくれたように思った旭葵は、快く応援に行くことを約束した。  そして一生はその大会をぶっちぎりの速さで優勝した。  打ち寄せる波の間をまるで美しい海の生き物のように、バイクにまたがり駆け抜ける姿はまるで風のように、ゴールへの道を切り開くように走る一生は光、そのものだった。  表彰台の真ん中に立つ一生は眩しいほど輝いていた。あれは俺の友達なんだと、旭葵は周りにいる人たち全員に大声で自慢したくなった。そして旭葵のそんな気持ちが一生に伝わったかのように、一生は表彰台の上から旭葵の名前を呼んだ。 「アサ!」  一生は旭葵に向かってトロフィーを高く掲げた。  一生のお父さんは有名なトライアスロンの選手で、一生も将来はお父さんのような一流の選手になるだろうと言われていることを、旭葵は後になってから知った。  それから、一生がトライアスロンの大会に出場する時、旭葵は必ず応援に行くようになった。  大会が終わると一生はすぐに次の大会の話をした。 「次もまた絶対優勝するからな、アサ見てろよ」  そして一生は言った通り優勝した。  どんなにたくさんの人がいようと、表彰式を見に集まった人たちの中から一生はいつも必ず旭葵を見つけ出した。表彰台の真ん中の一番高い所から、空に届くような声で旭葵の名前を呼んだ。 「アサ!」  その一生が中学2年の冬、突然トライアスロンを止めた。  次の春、一生の両親が離婚して、一生は阿久津一生から桐島一生になった。同じ年、旭葵の父がブラジルに本社がある会社の専属フォトグラファーに抜擢された。結婚してからも父にゾッコンだった母は旭葵をお婆さんに託して、父と一緒にブラジルに行ってしまった。

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