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第10話
そして2年が過ぎた。
バス停の前に広がる水平線を眺めていると背中を叩かれた。
「痛てっ」
振り向くと一生が立っている。毎朝2人はこのバス停で待ち合わせをし、地元の公立高校に通っている。
昔は旭葵とさほど変わらなかったのに、中学の終わり頃から一生は急速に背が伸びた。旭葵でも173cmはあるが、一生は高一の時点でゆうに180cmを超えていた。
「おはよ。背中どうかしたのか?」
「婆さんにしばかれた」
「まさかアサ、またどこかの奴と喧嘩したわけじゃないだろうな」
「しねえよ、すると婆さんにしこたましばかられるからな、今回は婆さんの茶碗でよもぎに餌やったら怒られた」
よもぎは去年、旭葵が拾ってきて家で飼っている猫だ。
2人の前をT Tバイクが風のように抜けて行った。トライアスロンによく使われるタイムトライアル競技用のバイクだ。
「なぁ一生、本当に今年も学校のトライアスロン大会に出ないのか? 一生だったら絶対優勝できるのに」
2人の通う高校は毎年6月に希望参加によるトライアスロン大会が行われる。最初はただのマラソン大会だったらしいが、元々水泳部が有名だったこともあって、マラソン大会に水泳が足され、せっかくなら自転車も足してトライアスロンにしてしまえと、トライアスロン大会になったらしい。
「出ないよ、俺がトライアスロン止めたの知ってるだろ。水泳部も忙しいし」
高校に入って一生は水泳部に入った。去年はいくつかの大会に出場したが、これといって目覚ましい記録を残すようなことはなかった。
一生は見に来なくていいと言ったが、旭葵は一度だけこっそり大会を見に行ったことがある。
旭葵には一生が本気で泳いでいるようには見えなかった。
「でもさぁ、水泳部の部員も何人かトライアスロンに出るんだろ、出てくれって言われないのか?」
旭葵は、一生はまだトライアスロンに未練があるんじゃないかと思っている。本当にトライアスロンが嫌になったのなら、水泳部なんかに入らないんじゃないだろうか。
「言われたよ、でも断った」
一生の横顔が、この話はもうしたくないと言っている。長年一緒にいるとお互い思っていることが分かってくる。
一生は旭葵にトライアスロンを止めた理由を話してくれていない。
旭葵は自分の横に並んで立つ一生の横顔を盗み見る。
なぁ、一生。俺たち親友だよな。他の奴にやめた理由を話してなんかしてないよな。
そう心の中で言葉にしただけで、ツンと胸が痛んだ。
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