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第11話
もし誰かに話すんだったら、俺だよな。そうだよな、一生。旭葵は心の中で一生に呼びかける。
すると、まるで旭葵の声が届いたかのように、一生が旭葵の方を見た。無表情のように見えて微かに微笑んでいる。
「アサ」
一生は握り拳をまっすぐに旭葵に向かって突き出している。
「手、出して」
「何? なんかくれんの?」
旭葵は一生の握り拳の下に手の平を差し出した。
一生が手を開くと落ちてきたのは姫バッジだった。
「前によもぎがバッチで遊んでて、そのままなくなったって言ってただろ。だから新しいのやるよ」
「まさかまた作ったのか?」
「さあな」
「つか、なんで俺がまた姫なんだよ」
「だってアサは俺の姫だろ」
「姫じゃねぇ」
「ちゃんとそれいつも持っとけよ」
反発しながらも、旭葵は姫バッチを持った手をスボンのポケットに突っ込んだ。
とりあえず、姫でもなんでもいっか。
さっきの胸の痛みが嘘みたいに消えていた。言葉にできない旭葵の問いの、これが一生の答えのような気がした。
一生の手の温もりを残した姫バッチが、ポケットの手の中で旭葵の体温と混ざり合った。
道の向こうからバスがやって来た。
授業終了のチャイムと共に、生徒たちは一斉に席を立つ。旭葵の席に大輝と湊がやって来た。
2人は一生と同じ、小学校からの幼ななじみだ。陸上部でやんちゃな大輝と英語部で映画に詳しい湊は2人とも戦国合戦で一緒に戦った仲間だ。
「俺、購買部にパン買いに行くけど、旭葵はどうする?」
大輝がポケットの小銭をジャラジャラ鳴らしながら訊いてきた。
「俺は一生が来てからにするよ」
一生とは小、中、高1と奇跡的に同じクラスだったが、高2の今年、初めてクラスが別れた。
それでも登下校は一緒だし昼も一緒に食べている。
「一生は多分、今日はこっち来ないと思うよ」
湊は机の上に弁当箱を乗せた。
「なんで?」
旭葵と大輝が同時に湊に尋ねる。
「僕の妹情報だけど、今日の昼休み妹の友達が一生に告白するらしい」
湊の妹は同じ高校の1年だ。
「もしかして、激カワって騒がれている1年じゃないだろうな?」
大輝が興奮気味に鼻の穴を膨らませる。
「そうらしい」
「マジか、くぅ〜一生の奴、マジで許せん。何が許せんって、普通の男は眺めるしかできないような女子を平然とフって泣かせるのが許せん」
「そんなの、今回は違うかもだろ」
旭葵が言うと、
「だって一生のタイプは……」
大輝と湊は顔を見合わせ、そして2人は同時に旭葵を見た。
「なんで俺を見るんだよ。つか、一生が来ないなら俺も大輝と一緒にパン買いに行く」
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