12 / 158
第12話
すでに生徒達でごったがえしている購買部の前まで来て、旭葵は財布を忘れてきたことに気づいた。
「俺が貸しといてやるよ」
「いい、ちょっと取ってくる」
大輝の申し出を断り、旭葵は来た道を戻る。途中近道をしようと裏庭に出た。体育館の角を曲がろうとした時、突然女の子が飛び出して来た。
「うわっ……」
旭葵は驚いて飛び退いた。女の子の顔はよく見えなかったが、顔を覆った指の隙間から涙で濡れた瞳が見えた。
「アサ」
首筋に息がかかる程の距離から名前を呼ばれて、旭葵は再び飛び退く。
一生だった。そこで旭葵は今、体育館の裏で起きたことを理解する。やっぱり大輝の言うとおりだった。
「なんであんな可愛い子をフるんだよ」
よく顔は見てないくせにと思いながら、旭葵はわざと怒ったような声を出した。そうしないとなぜか弾んだ声が出てしまいそうで、それは今の状況にふさわしくない。
「俺、面食いなんだと思う」
「えっ、だって今の激カワって騒がれている1年だろ。あれよりレベル高くないとダメなのか?」
「うん」
「うんって」
「だって俺、小3の時からアサを見てんだぞ。なかなか鼻の穴にちり紙突っ込んだ顔でもプロマイドになりそうな可愛い子っていないぞ」
「ちょっと待て、俺を告白してきた女の子と同列に並べるな」
「仕方ないだろ、目に映ってしまうんだから」
「よく見ろ、俺は男だ」
「知ってるって。それにさ、今まで俺に告白してきた女の子たちはたいして俺のことなんか好きじゃなかったよ。だって俺が一度断ったら、それですぐに俺のことを諦められるんだから。誰かを好きって言うのはさ、たとえ付き合えなくても、フラれても、それでもまだ好きで仕方がないのが本当の好きじゃないのかな」
よく考えてみれば一生だって一生なりの相手をフる理由があるのだ。けれどその言い方だと、一生は誰かをそんなふうに好きになったことがあるみたいだ。そしてその想いはなんだかちょっと寂しい。
「俺はさ、そんなに好きじゃない好きをたくさん集めるより、めちゃくちゃ好きが1つあったらいい」
だから一生は姫バッチを1つしか作っていなかったんだ。
「なんか、俺が姫バッチ持ってるの悪い気がしてきた」
旭葵はポケットから姫バッチを取り出した。
「あは、じゃあさ、俺に本当に好きな女の子ができたら、そのバッチ返却してもらうよ」
「分かった」
一生が握り拳をぶつけてきたので、旭葵は姫バッチを握った手をコツンとぶつけた。
なぜかその時、手ではなく胸の隅っこがちょっとだけ痛んだ。
「あ、あと俺に彼女ができた時も返却するよ」
「それは却下」
「なんでだよ」
「姫はキングの許可なしに姫をやめることはできない」
「なんだよその俺様的発言」
「だってキングだからな」
そう言って胸を張る一生の後ろに、青い空が広がっていた。
ともだちにシェアしよう!