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第13話

 美術室独特の絵の具の匂いが旭葵は結構好きだ。一生はデッサンに使う石膏像が不気味だというが、旭葵はへっちゃらだ。一生はああ見えても怖がりなところがある。 「それじゃあ、自由にペアを組んで、席は好きに移動していいからな」  いつも身体のどこかしらに絵の具をつけている美術教師の声を合図に、生徒たちはガヤガヤと席を立ち始める。今日の課題は友だちの似顔絵だった。 「ねぇ、如月君、私とペア組まない?」  知らない女子が旭葵の前に立っている。選択科目の美術は他のクラスと合同で行われるが、週に一度しかないので、未だに誰が誰か分からないことが多い。 「えっと……」 「あ、私も如月君を描きたいと思ってたんだけど」   少し離れたところから別の女子が手を上げた。 「如月君って、男でも女でもない性を超越した神秘的な美しさがあるっていうか、神々しくさえもあるよね」 「男でもないってどういう……」 「まあ、まあ、まあ、まあ」  後ろから一生に羽交い締めされる。 「女は殴らないよ」  旭葵は一生にだけ聞こえるように呟く。 「悪いけどアサは俺とペア組むから」 「え、あっ、桐島君……」  女子2人は一生の登場で顔を赤くすると萎んでしまった。  一生は旭葵を窓際に座らせると、自分も椅子を引っ張ってきて、その前に座る。  選択科目の芸術は他に音楽と書道があって、旭葵がどれにしようか悩んでいると、一生が自分は美術にするから旭葵もそうしろと言ってきたのだった。 「アサ、もしかして女子と組みたかった?」 「やだよ、だって絵を描くのに相手をジロジロ見なきゃいけないだろ、なんか照れるよ。見られるのも嫌だしさ。それに、最初から一生と組むの分かってたし」  新緑の香りをまとった風がカーテンを揺らした。穏やかな木漏れ日が、ぬるま湯に浸かっているように心地良い。 「なんかこの席、眠くなりそう」  旭葵はスケッチブックを開いた。 「めっちゃ変な顔になっても怒んなよ一生」 「それはこっちも同じ」  一生も広げたスケッチブックを膝の上に乗せる。  どこからどう描いたらいいか分からないが、とりあえず目の前の一生を観察する。  まずは輪郭からかな……。頬のラインに顎と。そういえば一生って髭生えてるのかな。見た感じツルッとしてるけど。旭葵はまだ全くなので、もし一生がすでに髭を剃ってたりしたら、なんだか男として出遅れたような気がする。などと考えながら鉛筆を紙の上に走らせる。一生からも紙の上で鉛筆が擦れる音がしてくる。

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