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第14話

 一生の髪は真っ黒で、固そうに見えて触ると意外と柔らかい。顔の真ん中に位置する形の良い鼻は存在感がある。鼻筋がシュッと通っていてカッコイイ。その下にある唇。少し薄めで引き締まった口元。笑うと大きくなるんだ。そして……。  旭葵の指先がピクンと跳ねた。  切れ長の奥二重から覗く漆黒の瞳が、旭葵を射るようにして見ている。一生の顔は見慣れているが、こんな真剣な顔をした一生を、正面でこんなふうに見ることはあまりない。  やっぱ、惚れ惚れするほどイケメンだな。さっきの女子がこんな目で一生に見つめられたら、ジュッって一瞬で蒸発しちゃうんじゃないか。  いつかこの瞳が追いかける女の子ってどんな子なんだろう。  旭葵はスケッチブックの白に視線を逃した。  風も吹いていないのに、ざわざわと世界が揺れた。旭葵の胸の中も揺れている。  ふぅ、と短いため息をついた。  再び視線を一生に戻す。  えっ……?  さっきまでなんともなかったのに、頬はほんのりと色づき、それがみるみるうちに赤く染まっていく。射るように鋭かった視線は、目標を失ったように戸惑い、漆黒の瞳が熱っぽく鼓動している。見えない粒子を通じて、ここまで一生の動揺が伝わってくるようだった。  一生は勢いよく立ち上がった。椅子が倒れて床を叩く。スケッチブックと鉛筆が床に散らばる。大きな音に驚いた生徒たちが、顔を上げてこちらを見る。 「一生?」  一生はそのまま美術室を走り出て行った。 「一生、ちょっとおい、どうしたんだよ」  旭葵は慌ててスケッチブックを置くと一生を追いかけた。  教室を出ると、すでに一生は廊下の先を曲がろうとしているところだった。   「一生」 「来るな!」 「一生、どうしたんだよ、気分でも悪いのか!?」 「来るなって言ったら来るな!」  旭葵が廊下の角に来た時には、すでに一生の姿はどこにもなかった。 「一生、いったい急にどうしたって言うんだよ」  教室に戻ると旭葵を待っていたかのように美術教師が訊いてきた。 「桐島はどうした?」 「……、なんか、腹が痛いみたいです」  とりあえず適当に答えた。旭葵は自分の席に戻ると、床に散らばっている一生のスケッチブックを拾い上げた。そこには描きかけの旭葵の顔があった。ぼんやりした全体像に、唇の部分で鉛筆の芯が折れたのか、そこだけ激しく歪んでいた。

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