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第15話
一生は階段をほとんど飛び降りるようにして駆け降りた。旭葵の声はもう追ってこない。
トイレに駆け込み個室に入るとドアに鍵をかけた。頭を扉に押しつける。
猛ダッシュしたせいで心臓が口から飛び出すのではないかと思うほどバクバクして痛い。けれどそれより痛いのは、心臓よりもっと下にある……。
固く膨らんだそれを一生はぎゅっと手で抑えた。
「だからこれはダメなんだって……」
あれは中2の夏休みだった。旭葵に初めて欲情したのは。あの頃は家にあまりいたくなくて、旭葵の家に頻繁に泊まりに行っていた。
暑さで寝苦しい夜だった。エアコンのない旭葵の部屋で古い扇風機がギコギコ首を振りながら懸命に風を作っていた。
夜の仄暗さに隣で眠る旭葵の肌の白さが浮かび上がっていた。めくれた薄いシャツから見える旭葵のしなやかな肢体、その下に伸びるすらりとした足。ランニングパンツの隙間から柔らかそうな内腿の付け根が見えた。
心臓と下半身が同時に大きく鼓動した。トイレに駆け込んだ。すでに精通は経験していて、自慰行為もしたことがあった。
ただただ混乱した。本来女の子の体に反応するはずの生理現象がなぜ同じ性の旭葵に反応してしまっているのだ。自分の脳みそが誤作動をしている。
違う。そうではない、そうではないのだ。
昔からうすうす自覚はあった。自分が旭葵をどんなふうに見ているのか。けれど確証がなかった。旭葵が女の子みたいに可愛いからこんな気持ちになってしまうのだ。いづれ本物の女の子を好きになったら、旭葵に抱いている淡い感情はなくなると信じ、それ以上深くは考えないようにしていた。
けれどいつまでたっても、本物の女の子を好きになることはなかった。そしてこの夜、自分の身体が旭葵に反応したことで、はっきりと一生は自覚した。自分が旭葵をどんな対象として見ているのかを。自分への嫌悪感、旭葵への罪悪感で打ちのめされた。
部屋に戻り、眠る旭葵の傍らに立った。あどけない無垢な寝顔だった。指一本触れずに、その純潔を汚してしまった気がした。
どろりと粘度が加わった蒸し暑い夏の夜、一生はほとんど眠れずに朝を迎えた。
それから、度々同じ状態に苦しめられた。それはふとした時に一生を襲ってくる。その度に息を殺して荒ぶる熱が過ぎ去っていくのをただひたすらに待った。
この先自分はどうなってしまうのか。戸惑い、途方に暮れた。
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