20 / 158

第20話

「今日、学校が終わってからどこに行ってたんだよ」 「市民プールで泳いで来た」 「は?」 「部活だけじゃ泳ぎ足りなくて。あ、パクチー全部俺のに入れていいから」  旭葵がパクチーを苦手なことを知っている一生は、カレーを食べながら自分の皿をスプーンで指した。 「こんなカメムシ味の葉っぱ、よく食えるな」  旭葵は器用にスプーンでパクチーだけすくい一生の皿に乗せる。 「カメムシ味か、アサは子どもみたいだな」  ククッと一生は喉を鳴らして笑った。 「心外。パクチーって女子が好きだよな。男でパクチーが苦手な奴って多いよ」 「だな」 「なんだよ、その上から人をなだめるような言い方」 「ごめん、ごめん、分かった、分かった」 「ごめんも分かったも一度ずつでいいんだよ」  旭葵の絡みを柔らかい表情で受け止める一生に、旭葵は追撃するのが馬鹿らしくなった。  一生は本当にお腹が空いていたのだろう。カレーを3杯もおかわりをした。 「アサは1杯だけでいいのかよ」 「俺、家に帰ってからまた婆さんの作った夕飯食べるから」 「そっか」 「なぁ、一生。今日の美術の時間さぁ、どうした?」  旭葵はさりげなく一生の表情を窺う。 「腹壊しててさ。昼もそれで食べなかったんだ。部活終わってアサのとこ行ってみたんだけど、すれ違ったみたいだな。連絡するの忘れて悪かった」  旭葵はすうっと体から力が抜けるのが分かり、自分が緊張していたのだと気づいた。 「な〜んだ、やっぱりそうか。俺の思った通りだ。そうじゃないかと思ってたんだ。やっぱ俺ってすごい。一生とずっと一緒にいるから、一生のことなんでも分かっちゃうぜ」  旭葵はヘヘッと笑った。 「じゃあ、俺が今何を考えているかも分かる?」 「う〜んとなぁ」  旭葵はここは何か面白いことでも一発かますかな、と頭をめぐらす。 「アサが本当に俺が何を考えているのか分かったら、俺たちもう友だちじゃなくなるよ」 「えっ」  思ってもいなかった一生の言葉に旭葵は絶句した。面白いギャグで笑うはずだったのに、なんだこの寒い空気は。空気を凍らせた張本人の一生は涼しい顔をしている。  涼しいを通り越してサムイだろっ。  実際には寒くなんてないのだが、旭葵はブルッと身震いをした。 「悪い、俺帰るわ。婆さんも待ってるだろうし」  やっぱり、今日の一生はなんだか変だ。  が、その日玄関で旭葵を見送った一生の笑顔が、旭葵の中で燻っていた何かをきれいに拭い去った。  旭葵は美術の時間に見せた一生のあの動揺と、一生の部屋で旭葵に触れたものの正体を、自分が無意識に考えないようにしていることさえも、気づいていなかった。  家に帰ると夕飯はカレーだった。一生の家のカメムシ入りカレーとは違って普通のカレーだ。 「婆さん、おいしいよ」  テレビを見ながら体操をしているお婆さんに声をかける。 「当たり前やろ、婆さんが作ったカレーなんやから」  お婆さんはカカカと銀歯を見せて笑った。旭葵はニッと口角を上げ、 「やっぱ日本の市販のカレールーは最強だな」  と呟いた。

ともだちにシェアしよう!