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第30話
『一生を鍛える』を名目に小学校の頃から地元の肝試し大会に行くのが2人の恒例になっていた。けれど肝試し大会は実は余興のようなもので、旭葵がその日を一生と過ごす最大の理由は他にあった。
7月23日、その日は一生の誕生日でもあった。昔から一生は自分の誕生日を大袈裟に祝われるのを嫌っていた。なんだか小っ恥ずかしいらしい。自分からは絶対にその日が誕生日だとは言い出さないので、こっちがうっかりしていると、そのまま普通の日で終わってしまうなんてことになりかねない。
『いつも1番近くにいる人から、一言“おめでとう”って言ってもらえるだけで十分なんだ』
なので旭葵は肝試し大会を理由に、毎年その日は一生と一緒に過ごすことにし、そして一言『一生、誕生日おめでとう』と、さりげなく伝えるようにしている。
旭葵は目を開けるとぼんやりと窓の外を見た。
今年は一生を祝ってやれないのかなぁ。でも俺が祝ってあげなかったら、誰も一生に“おめでとう”って言ってあげないんじゃないか。そんなの寂しくないか。
「旭葵」
名前を呼ばれて、旭葵は視線を窓の外から室内に戻した。隼人の顔がすぐ目の前にあった。
いつもの少しニヤけたような表情は影を潜め、その瞳は旭葵を捉えて離さない。隼人の手が旭葵の頬に触れた。ゆっくりと隼人の顔が近づいてくる。
その時だった、背後でものすごい音がした。旭葵は文字通り椅子から飛び上がった。振り返ると保健室の入り口に一生が立っている。大きな音は一生がドアを思いっきり蹴った音だった。
「湊からアサが怪我したって聞いたから来てみたら……、アサ、帰るぞ」
一生は旭葵の腕を引っ張ると強引に立たせた。隼人とは目も合さず完全無視だ。旭葵はバイバイと隼人に目配せだけを送り、一生に連行された。
旭葵には自分の目の前を歩く一生の背中に“マジギレ”と書かれているように見えた。この前、よもぎを洗った日の学校帰りもこんな感じだった。結局隼人にまだラーメンを奢っていない。
「ねぇ、なんでそんなに隼人を嫌うんだよ」
一生はどちらかというと人とのコミュニケーションは得意な方だ。自分の内側をどれだけ他人に見せているかは別として、昔から一生は人からよく慕われた。戦国合戦で武将役をし、日本統一できたのも一生を信頼しついてきた仲間がいたからだ。一生は仲間を大事にした。そんな一生がこんな風に誰かを嫌うのは初めてだった。
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