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第31話
「それって隼人がバイだから? そういうのってもう古いんじゃないの?」
「アサ、さっき自分が何されそうになってたか分かってんのか」
「は? 何って、傷の手当してくれてたんだろ」
「馬鹿もここまでくると哀れだな」
「はぁ? つかさ、隼人は俺の友だちなんだよ、一生につべこべ言われる筋合いはないね」
隼人はチャラそうに見えるけど、悪い奴じゃないと思う。悪い奴がトライアスロンの大会で優勝なんてできない。なぜなら優勝するためにはたくさんきつい練習をしなくちゃいけないし、強い精神力がないといけない。何よりも自分に厳しくないとダメだ。そんな人間が悪い奴であるはずがない。旭葵は一生をずっと近くで見てきたから分かるのだ。
一生は旭葵の幼なじみで、旭葵の一番大切な友達だ。だからこそ、一生に自分がいいと思った友達を認めてほしくもあった。
「あいつはアサのことを友達だなんて思ってないぞ」
「友達じゃなかったらなんなんだよ」
「アサの一番嫌いなやつさ。あいつがアサを女として見てんのが分かんないのか?」
「それは違う。隼人は俺のこと強い男だって言ってくれた」
「んなもん、アサのご機嫌取りに決まってんだろが。アサのどこが強い男なんだよ。俺に一度も喧嘩で勝ったことないくせに」
パンッと、頭の隅で何かが弾ける音がした。そこから怒りが溢れ出す。
確かに旭葵は喧嘩で一度も一生に勝てたことがない。初めて負けた時のあの悔しさは今でも忘れない。けど、人生最大の屈辱を旭葵に与えた一生と今でもこうしていられるのは、一生がそのことで旭葵を馬鹿にしたことが一度もなかったからだ。
鼻の奥がツンとなって旭葵は俯いた。怒りで勝手に体が震えた。ただの怒りではない、それは痛みを伴う怒りだった。
「悪いアサ、ちょっと言いすぎた」
一生が旭葵の顔を覗き込む。
「すんな……」
低い掠れた声が出た。これが一生の本心なのかと思うとショックだった。握った手がポケットの中にある硬いものに当たった。
「俺を姫扱いする一生と隼人を同じにすんな!」
旭葵は姫バッチを一生の顔面めがけて投げつけた。
「アサ!」
旭葵はその場から駆け出した。一生に喧嘩で負けた時よりも悔しかった。
一生なんか嫌いだ、嫌いだ、大っ嫌いだ。
その日から旭葵は一生を避け続けた。一生は何度も旭葵に謝ろうとしたが、旭葵はそれを全部跳ねのけた。
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