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第33話
あれは2人が小5の肝試し大会の時だった。その日は朝からどんよりと曇った蒸し暑い日で、夜になっても月が出ず、薄暗い中で肝試しは行われた。いつものように旭葵は一生と組んで意気揚々とスタートした。
「肝試し大会のお化けなんかさ、全部嘘っぱちなんだから、全然怖くないよ。ほら、あそこにいるのはキムショーのおやじだよ」
松の陰に隠れている包帯をぐるぐる巻きにしたゾンビを指差して旭葵は笑った。
田舎町の肝試し大会などたかが知れている。お化けに扮するのは町内会のおっさんやおばさん達で、肝試し大会というより安っぽい仮装大会と言ってもいいくらいだ。さらにお化けの衣装も使い回しで、包帯ぐるぐるゾンビは去年も一昨年も同じ松林に隠れていた。一生はこれのどこが怖いのだろうと旭葵は不思議だった。
旭葵は幽霊の存在を信じていないわけではなかったが、本物が出るなんてことはそうそうあるものではない。テレビでやってる心霊特集なんかは全部ヤラセだ。
「一生、しっかり俺に捕まってはぐれんなよ」
旭葵は一生の手を握りしめた。
肝試し大会は小学校の校庭からスタートし、浜辺の松林を抜け、長い階段を登ったところにある神社で絵札をもらい、そのまま神社の裏の坂道を降りて戻ってくるコースになっている。
2人は無事神社で龍が描かれた絵札をもらうと裏の坂を降り始めた。その途中、おかっぱ頭の女の子が1人うずくまっているのを見つけた。旭葵達の前に出発したのが母娘のペアだったので、はぐれてしまったのだろう。近寄ると女の子は肩を震わせて泣いていた。
「お母さん、お母さん」
「もう大丈夫だよ。お兄ちゃん達と一緒に戻ろう」
旭葵が女の子の小さな肩に手を乗せると、女の子はおもむろに顔を上げた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
旭葵は腰を抜かし、後ろにひっくり返るとそのまま一回転した。
それは人の顔ではなかった。
“怨念”や“厭悪”と言った言葉を形にするならば、まさにそれだった。女の子の顔は死人のように土気色で、つり上がった両目は血走り、眉間と鼻の上には動物のような深い皺がぎゅっと寄っていた。ひび割れた紫色の唇からは血が出ていて、そこから黒い口内が覗いていた。
「うわぁ、あ、あ、ひっ、いっ」
言葉にならない声を発しながら、逃げようとするが、完全に腰が抜けてしまって動けない。
あまりの恐怖で涙腺がおかしくなったのか、目から涙が出てきた。
その時だった。パニック状態の旭葵を一生は素早く背負うと、猛ダッシュでその場から駆け出した。
「うおっ―――」
「うわぁぁぁん」
一生は獣のように叫び、旭葵はその背中にしがみついて声を上げて泣いた。
小学校の校庭に戻ってきた2人の只事でない様子に大人達は驚きはしたものの、まともに2人の話を聞いてはくれなかった。中には今年のお化けは気合入ってるな、と喜んでいるおっさんもいた。
ちなみに旭葵たちの前に出発した母娘はちゃんとゴールしていて、女の子はおかっぱ頭ではなく長い髪を三つ編みにしていた。
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