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第34話
「あれは本物だった」
座席にしがみつくようにして話を聞いていた大輝は顔を引きつらせた。
「それってヤバくね?」
「トラウマ級の怖さだよね。そんなことがあったなんて俺たち知らなかった」
湊の表情も固い。
「それでもまだ肝試し大会に行ってるお前らすげぇな、怖くねぇの?」
「まぁ、ほとぼり冷めるとなんとやらじゃないけど、怖さも薄れるつうか。実際それ以来見てないし」
「でもさ、やっぱ一生だよな。お化けが怖いなんの言っても、いざという時は肝が座ってるんだよなぁ」
大輝の呟きに旭葵は頭を垂れた。それは旭葵が一番分かっている。あの状況で、腰を抜かした自分を背負って走ってくれた一生の背中がどんなに頼もしかったことか。あの夜だけじゃない、公園で6年生に絡まれた旭葵を颯爽と助けてくれた一生はまるでヒーローだった。
一生はいつでも旭葵の味方で、旭葵がピンチになると必ず助けてくれる。その一生が旭葵を馬鹿にするはずがない。そんなの分かっているのに、いつまでも意地を張って一生を許そうとしなかった自分は本当に馬鹿だ。
一生、ごめん。
今すぐにでも、一生に謝りたかった。旭葵はスマホを取り出した。が、すぐに鞄に戻した。
直接会って謝りたい。そして“お誕生日おめでとう”って一生の顔を見て言おう。今日、大会が終わったら飛んで一生に会いに行くんだ。
トライアスロン会場は人で賑わいながらもスタート前の緊張感があって、それが旭葵には懐かしくもあった。以前一生の大会を見に来ていた時もいつもこんな感じだった。
クラスの女子に囲まれている隼人はすでに黒いウェアに身を包んでいた。スイム、バイク、ラン、全てに適応したトライアスロン専用のウェアだ。隼人は旭葵を見つけると大袈裟に喜び旭葵を抱きしめた。
「俺、絶対に優勝するからな、旭葵見ててくれよ」
そう自信満々に笑う隼人の顔が一生と重なった。
『絶対優勝するからな、アサ見てろよ』
その言葉は一生のものだった。旭葵が観客席にいる理由は、声を枯らして応援するのは、いつも一生だけのためだった。旭葵が表彰台の真ん中に立つ姿を見たいのは、他の誰でもない一生だった。
そして今、旭葵が言葉を送らなくてはいけないのは、旭葵がいなくてはいけない場所は……。
「ごめん、隼人! やっぱり俺、どうしても肝試し大会に行かなきゃならないんだ!」
ええっー、と、ドン引く周囲をよそに、旭葵はあっという間にその場から駆け出した。
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