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第35話

 バスの窓から西の水平線に落ちていく夕日が見えた。夕方の6時半を過ぎたところで、肝試し大会は7時から始まる。旭葵はバスを降りるとそのまま小学校の校庭に走った。  着いた時はすでに辺りは暗くなっていて、肝試し大会に参加する親子連れや子どもたちが集まって来ていた。  ざっと校庭を見回したが一生の姿は見あたらない。町内会のテントが1つだけ設営されていて、その下では冷やしきゅうりが売られていた。その横に旭葵のお婆さんがいた。 「婆さん! 一生見なかった?」 「旭葵、なんでここにおるの。今日はクラスメイトのなんとか大会の応援に行ったんじゃなかったかね」 「帰って来たんだよ。それより一生どこにいるか知らない?」 「一生ならぎっくり腰になったキムショーのおやじさんの代わりに松林で包帯男になっとるわ」 「サンキュー婆さん!」  旭葵は松林に向けて走った。早く一生に会いたかった。たかが数日とはいえ、今まで一生とこんなに会わなかったことはなかった。ただただ気持ちが急いた。 夜のとばりがおりた松林に、波音だけが規則ただしく打ち寄せている。懐中電灯で辺りを照らしながら旭葵は一生の名前を呼んだ。 「アサ?」  松林に建てられた石碑の後ろから白っぽい影がひょっこり現れた。 「一生!?」 一生は目元と口元が少しあいただけで、あとは全身包帯でぐるぐる巻きだった。 「どうしてここに? 今日はあいつの応援に行ったんじゃなかったのか」 「なんで、そのこと……」 「湊から聞いた」 「とにかくこっち来いよ」  一生は石碑の後ろに旭葵を引っ張り、2人はしゃがみ込んだ。 「呼吸しづらくないの、それ」 「しづれーよ」 「鼻もあけた方がいいよ、まだ始まるまで少し時間があるから俺が巻き直してやるよ」 旭葵が手を伸ばすと、一生は素直に頭を差し出した。一生に触れた瞬間、 「ごめん、一生」  気持ちの準備をする暇なく、言葉がこぼれ落ちた。 「謝るのは俺の方だよアサ」 「違う、俺も悪かった」  包帯の間から一生の黒い瞳が覗く。こんなに優しそうな包帯男、誰も怖がらないんじゃないかと旭葵は思った。 「じゃぁ、これでもう仲直りだな」 「ああ」  旭葵は包帯の巻かれた手と握手をする。  くだらない意地がもたらした数日間の愚かな日々が波にさらわれていくようだった。

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