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第54話
クシュン。
くしゃみが出た。慌てて口を押さえ耳を澄ます。廊下は静かなままで安心する。
足を投げ出すと白い足袋が汚れていた。
「なんか疲れた」
旭葵は長いため息をついた。呼吸は落ち着いたが、こもった身体の熱はそのままどころか、さっきより熱さが増している気がする。外はスローテンポのやはりムードたっぷりの曲がかかっている。
そういえば一生はキャンプファイヤーの選曲担当みたいなことを言ってたな。一生が全曲やるわけじゃないだろうけど、ラストダンスの曲は一生が決めるみたいなことを言っていた。
一生は激カワちゃんと踊るところを想像して曲を選んだのだろうか。
旭葵は顔をブルブルと激しく振った。
「やめやめやめやめやめ」
なんでこんなに一生と激カワちゃんのことばかり考えてしまうんだ。俺には関係ないばかりか、一生に彼女ができて本来なら喜んであげないといけない立場なのに。そもそも今まで一生に彼女がいなかったこと自体がおかしいんだ。なんで、こんなに、こんなに……。
こんなにの言葉の後が分からない。
ただそのことを考えると喉の奥に何かが詰まったように息ができなくなって……。
旭葵は胸をギュッと押さえた。
「一生、苦しいよ……」
旭葵は抱えた膝に顔を埋めた。なんだか頭も体もどんより重い。
バタバタバタ。
廊下に足音が響く。旭葵は体を小さく縮こまらせる。
「もう、イヤだ……」
その時、理科室の扉が開く音がした。旭葵は弾けるように顔を上げた。隣の理科室をゆっくりと徘徊する足音に後ずさりしようとし、壁に背中が当たる。
こっちに来るな、このまま出て行け。
旭葵は息をひそめ、聞こえてくる足音に全神経を集中させる。瞬きをするのもためらわれる程なのに、心臓だけがドクドクとうるさい。
旭葵の願いとは反対に、足音は旭葵のいる準備室に向かって近づいてくる。どこか隠れるところはないか辺りを見回すが、棚とテーブルしかない狭い準備室に隠れるところなどない。
そうしているうちにも足音は準備室の扉の前まで来ると立ち止まった。ドアノブが首をかしげるようにゆっくりと回る。
とっさに旭葵はカーテンの陰に身を滑り込ませた。細い声で鳴くような音を立ててドアが開く。旭葵は息を殺した。
1、2、3秒。
カチャンと、ドアが閉まる音がした。中には入って来ずにそのまま行ってくれたかとほっとしたのも束の間、カーテンの隙間からドアの前に立つ人間の体の一部が見えた。
男子の制服だった。
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