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第55話

 旭葵は身を固くした。少しでも動けば気配を感じ取られてしまう。こっちに注意を向けられたら終わりだ。  わずかだがカーテンの下から旭葵の着物の裾がはみ出ている。制服だったら上手く隠れられたものを、とっさのことで引きずるほど長い着物の全てを隠しきれなかった。  そこで思いもかけないことが起きた。  ふわりと旭葵の頬を柔らかいものが撫で、サラサラの長い髪がたなびく。  窓が、開いていた。  甘い音楽を乗せた夜風が旭葵を隠していたカーテンをはらりとひるがえした。  旭葵は慌てて遠のいていくカーテンに手を伸ばした。  それは一瞬だった。  ドアの前にいた男子生徒はあっという間に窓際に来ると、旭葵が追いかけるカーテンを奪い取った。  息を凝らして守っていた空間が容赦なく晒される。  開けた視界の先に、大きく目を見開いた一生が立っていた。  一生はカーテンを掴んだまま、時間が止まってしまったかのように動かない。旭葵もまた一生の視線に釘づけにされたように動けないでいた。  2人の間のメロディアスな音楽だけが時を刻んでいた。 「アサ……?」  一生はうわずったような声でアサのサを少しだけ上げて疑問形にした。ゆっくりと一生の手が旭葵に伸びてくる。 「アサなのか?」  一生はまるで吐息で儚く散ってしまう幻に触れるかのように、一瞬ためらって、そしてそっと旭葵の頬に触れた。 「一生……」   旭葵の声に一生の指先が弾ける。ハハッと、低く震えたような笑いを一生は漏らした。 「アサ……」  一生の瞳の奥が小さく揺れている。そして再び一生は言葉を失ってしまった。  隼人に大輝、湊も最初に仮装した旭葵を見た時は驚いていたが、一生はまるで壊れてしまったかのように旭葵を見つめたままだった。 「一生……?」  パタパタパタ。  廊下で今までとは違う軽い足音がした。 「せんぱぁい」  子猫の鳴き声がした。激カワちゃんが一生を探している。  その声で一生の止まった時間が動き出した。一生はゆっくりとドアの方に身体を捻った。  一生が行ってしまう。  旭葵はとっさに一生の制服を掴んだ。  顔だけ旭葵に向けた一生は、人差し指を口に当て、片目を閉じた。  しーっ、静かに。  無言で旭葵にそう伝えている。 「せんぱぁい、どこに行っちゃたんですかぁ」  今にも泣きそうな声だった。やがて子猫の声と小さな足音は遠ざかり、聞こえなくなった。

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