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第56話
一生の制服の端っこを掴んだまま、旭葵はやっていることと反対の言葉を吐く。
「行かなくていいのか……、激カワちゃんとラストダンス踊るんだろ」
自然と早口になった。言葉とは反対にますます一生の制服を握る手に力がこもる。
「ブーケ一緒に選んでたじゃないか」
旭葵は俯いた。
「あれは湊の妹にあげるブーケだ」
旭葵は顔を上げた。はてなマークをたくさん貼り付けたような旭葵の顔を見て一生は息を漏らして笑った。
「湊の妹に旭葵を撮ってもらったお礼だよ」
湊の妹は映画研究部に入っていて、部は今年の文化祭をドキュメンタリーとしてフィルムに収めているらしい。それとは別に文化祭の初日と2日目に行われた南米音楽研究部の演奏を撮って欲しいと、一生は湊の妹に頼んだのだという。
「ポンチョ着てチャランゴを演奏する旭葵をどうしても見たかったんだ。俺、文化祭実行委員で忙しくて見に行けなかったから」
でもなんでお礼がブーケなんだ。
まるで旭葵の心を読んだかのように一生は続けた。
「俺はもっとちゃんとしたお礼をって思ってたんだけどさ、あっちからブーケがいいって言ってきたんだ。なんか俺があげたブーケを競売にかけて高く売るんだとよ。訳わかんないだろ」
なるほど。一生のブーケは女の子達には価値があるのだ。後夜祭のものとなればなおさらだ。
旭葵の中でストンと全てが腑に落ちた。湊の妹は昔から結構なブラコンだ。旭葵の知る中で数少ない一生になびかない女の子と言っていい。その湊の妹が一生からブーケをもらいたがるなんておかしいと思ったのだ。
「そっか」
旭葵はずっとあった胸の重りがするりと外れた気がした。
が、まだそこには仄暗い残像が居座っている。ブーケが湊の妹のためだったとしても、まだ本題が残っている。
「そろそろ行かないとラストダンス間に合わないぞ」
「さっきからラストダンス、ラストダンスって、アサはそんなに俺を誰かと踊らせたいのか」
一生はむっとしていた。
「だって、激カ……」
「彼女とは踊らない」
一生は旭葵の言葉を遮った。
「アサは知ってるだろ、俺が前に彼女の告白を断ったの。まぁ、今回も踊って欲しいとは言われたけど」
激カワちゃんの本気の好きは一生を動かさなかったのだ。
なんだ……、そうだったんだ。
激カワちゃんには申し訳ないと思いながらも、どうしても口元がほころんでしまう。相変わらず熱のこもった体がふわふわと宙を浮いているように感じた。
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