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第57話

 ふと視線を感じて目を上げると一生が旭葵を見ていた。よもぎを撫でている時と同じような優しい目をしている。 「アサ、なんでそんな格好してんだ」 「ああコレ、俺、仮装コンテストに無理矢理出場させられたんだ」 「女装部門か? ぶっちぎりで1位だったろ。なんだ、知ってたらそっちも撮ってもらったのに」 「冗談」 「なぁ、もっとよく見せてくれよ」  一生の視線に包まれた旭葵はなんだか気恥ずかしくなり、フイッと横を向いた。軽い眩暈のようなものがした。 「なんか少し汚れてんな。足袋とか、着物も少し破けてる、せっかく綺麗なのに」  男子達に追いかけられた話をすると、一生は眉間に短いシワを寄せた。 「それで逃げ回るなんてアサらしくないな、反撃しなかったのか」 「だって喧嘩すると一生に迷惑がかかるだろ、わっ」  旭葵は強く一生に抱きしめられる。 「アサごめん。さっきはあんなこと言ってごめん。俺、勘違いしてた、本当にごめん」  あの後、旭葵が殴り飛ばした男子生徒達から、旭葵が怒った理由を聞いた一生は旭葵に謝りたくて、ずっと旭葵を探していたという。 「別にもういいよ。どんな理由であれ喧嘩して一生に迷惑がかかるのは本当だし。それより今もこんなところにいていいのか、後夜祭もクライマックス、実行委員はいろいろ忙しいんじゃないのか」  旭葵は一生を押しのけようとするが、一生は旭葵を離さなかった。 「いいんだよ。ここにこうして隠れていることが今、俺がすべきことなんだ」  去年、後夜祭で繰り広げられた一生争奪戦騒ぎを再び起こさないために、文化祭実行委員長からキャンプファイヤー、すなわち告白大会中はどこかに隠れていろと指示が出たらしい。 「なんか身体が熱くないかアサ」 「さっき走ったからだろ」  何気に身体の節々も痛いが、擦り傷や打ち身であちこち痛いのはいつものことだ。 「へーき、へーき」  一生はあまり納得していないようだったがそれ以上は何も言ってこなかった。  校庭からは時々、曲の間に歓声や口笛を鳴らす音、進行係がマイクでしゃべる声が聞こえてくるが、何を話しているのかまでは聞き取れない。  今もまた、途切れた曲の間に校庭の興奮を風が運んできた。嵐にも似たその風が去った後、静かでメロウな旋律が流れてくる。 「アサ……、踊らないか」  顔を上げると一生の真剣な目に捕まった。

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