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第59話
胸が苦しくて目が覚めた。見慣れた家の天井が目に飛び込んでき、次に胸の上に乗ったよもぎと目が合う。喉を鳴らしながらよもぎが旭葵の顔に頭突きしてくる。旭葵は小さな笑い声をあげて、よもぎの頭を撫でた。
「起きたか」
襖が開いてお婆さんが顔を出した。
「芋粥作っとるけど食べるか」
「食べる」
旭葵は即答した。
煮込まれ角が取れたサイコロ状のさつま芋と黒ゴマが散らされた芋粥は、旭葵が熱を出した時にお婆さんが必ず作ってくれる旭葵の好物だ。
芋粥を食べながらお婆さんから聞かされた話によると、昨日旭葵は学校で熱を出して倒れ、一生に背負われて帰宅したのだそうだ。
学校が振替休日の今日も、一生はさっきまで旭葵に付き添っていたそうだが、母親が今日は非番で家にいるようで夕飯前に帰って行ったという。
「そっか、一生が……」
突として後夜祭の夜がフラッシュバックし、昨夜の熱が戻って来たかのように顔が熱くなる。
そうだ、俺、一生とキスしたんだった。
たまらなくなって、がばっと布団に潜った。
「どした? もう食べんのか」
「まだ食べる、そこ置いといて」
なんで一生はキスなんかしてきたんだ。けどそれを受け入れた自分も死ぬほど恥ずかしい。
後夜祭のダンスを男2人で踊るのが変だとかいうレベルではもはやない。
布団の中で悶々としていると、部屋を出ていったお婆さんが再び戻って来た。
「旭葵、見舞いが来たぞ」
お婆さんの後ろから大輝と湊が顔を出した。
最近できたお好み焼き屋の帰りだという2人からは焼けたソースの香ばしい匂いがした。
「一生が旭葵を背負って現れた時はびっくりしたけど、元気そうでよかったよ」
湊の一生という単語に心臓が過剰に反応する。
「やっぱ頭から水かぶったのが良くなかったんじゃね」
大輝はお好み焼きを食べてきたばかりだというのに、お婆さんから芋粥をもらって食べている。
「隼人もお見舞いに来たがってたんだけど、あんまり大勢で押しかけても悪いし、それに隼人と一生ってイマイチ馬が合わないみたいだからさ」
言いながら湊は家の中を伺うように視線を走らせる。
「一生は? いるんだろ?」
「もう帰ったよ」
「なんだ、じゃあやっぱ隼人も誘えばよかったかな」
旭葵に無理やりキスしようとした隼人と会うのはなんとなく気まずいが、キスをしてしまった一生と会うより100倍マシな気がする。
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