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第60話

 それから話題は後夜祭の話になった。どうやら一生だけでなく隼人もキャンプフィアーに姿を現さなかったらしい。学園モテ男2トップとも言える2人がいない告白タイムは盛り上がりに欠けたが、ある意味地に足のついた堅実な告白タイムとなって、それはそれでなかなか良かったらしい。 「あのラストダンスの曲が良かったよなぁ」  大輝が膨れた腹をさすりながら後ろに手をつき体を伸ばす。 「そうそう、あれあれ、一生の選曲だって言ってたからさ、誰のなんて曲が聞こうと思ってたんだよね」 「今、聞けばいいじゃん」  大輝はスマホを取り出すと旭葵の目の前で一生に電話をかける。旭葵はそわそわと落ち着かず食べ残した芋粥に手を伸ばす。 「出ねえや」  大輝はスマホを耳から離すと、画面に指を走らせ一生にメッセージを送る。  それから再び後夜祭の話に戻り、クラスの誰が誰に告白しただのの話で盛り上がる。とは言っても、旭葵は内心、今はこの手の話は避けたかった。畳に置いた大輝のスマホがブルっと振動した。 「お、一生から返信がきた。あの曲、ジョン・ブラウンのYou are so beautifulだって」  湊がすぐに自分のスマホで検索をかける。 「昔の曲だな。あ、あった」  動画再生サイトで見つけたのか、メロウなイントロが流れてくる。 「あー、それそれ」  大輝が指差す。 「Oh my baby, You are so beautiful to me」  大輝と湊が声を揃えて歌う。 「ラストダンスにぴったりの曲だったよなぁ、って、おい旭葵どうした、顔が真っ赤だぞ」  完全に昨日の熱が戻ってきていた。  一生と一緒に踊った曲だった。一生はこの曲で旭葵をダンスに誘ってきた。ひざまずき、『姫、私と踊ってください』と。  選曲者である一生はこの曲がラストダンスの曲だと知っていた。この曲でダンスに誘うことは、本命に告白をするのと同じ意味だと知っていて旭葵にダンスを申し込んだのだ。  鍵をかけ深い水底に沈めた肝試し大会の夜が、旭葵の心の扉をノックする。  アサ……。  月夜が照らす浜辺で強く抱きしめられ、旭葵の首筋を掠めた唇が、昨夜、旭葵の唇に重なった。優しく、ゆっくり、ついばむように。キスに言葉があるなら、あのキスは何度も、何度も、旭葵に伝えていた。  アサ……。  その後に続く言葉を。いや、一生が自分の名前を呼ぶその2文字に、すでに一生の気持ちが込められていた。  一生と旭葵はついにガラスの爆弾のスイッチを押してしまった。  どうする俺?  体が半端なく熱く、おでこにヤカンを置いたたらお湯が湧くのではないかと思った。

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