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第63話

 一生が南米音楽研究部を覗くと、ちょうど最後の生徒が部室を出てきたところだった。 「如月君ならさっき三浦君と一緒に帰ったよ」  それだけ言うと、彼は一生をそのままおいて帰ってしまった。彼と入れ替わりのように、男子生徒が1人部室の前にやってきた。一生をチラリと一瞥すると、部室のドアを開けようとする。鍵がかかっているのが分かると、改めて一生の方を見た。 「もうみんな帰っちゃった?」  男子生徒は眼鏡のブリッジを中指で押し上げる。見たこのある顔だと思った。妙に姿勢がよく、クラスに1人はいそうな“委員長”なんてあだ名をつけられそうなタイプ。一生は委員長の問いに軽くうなずいた。 「そうだ、桐島君から如月君に三浦君を説得するように言ってもらえないかな」  委員長は旭葵たちのクラスメイトだった。彼曰く、せっかく去年の高校トライアスロン優勝者がいるのなら、本校にもトライアスロン部を作ろうかという話が持ち上がっているらしい。    隼人に部長になってもらいたいのだが、当の本人があまりやる気がないらしく、それどころか南米音楽研究部に入るなどと言い出してしまった。  一生はそんなの本人の好きにさせりゃいいじゃないかと思ったが、南米音楽研究部に入りたがっていると言うのが気に食わない。 「それでなんで俺がアサにあいつを説得するように言わなきゃいけないんだよ」 「三浦君は如月君の言うことだったら聞くと思うんだけど、如月君にこの話をしても、そんなの本人の好きにさせろよ、で聞く耳をもってくれないんだ」 「そりゃそうだろうな」 「で、如月君は桐島君の言うことだったら聞くだろう、だからこうしてお願いしてるんだけど」 「アサは俺の言うことなんて聞きゃしないよ」  そんなふうに周りから思われていることに悪い気はしないが、実際に今日だって一緒に帰ろうと言っているのに、さっさと一生を置いて帰ってしまった。それもよりによって隼人と一緒に。  昨日からずっとメッセージを送っているのに既読スルーされ続けている。覚悟はしていたが、さすがにこんなふうにあからさまに避けられるのはキツイ。  熱があったとはいえ、旭葵は気を失うほど自分とのキスが嫌だったのだろうか。まだ速攻殴られた方が心の傷も浅く済むと言うものだ。  でも我慢ができなかった。踊りながら、コトン、と旭葵が頭を自分の肩にもたせかけた瞬間、理性が吹っ飛んだ。

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