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第65話

 旭葵はどんぶりの中のナルトをそっと端に移動させる。  旭葵は昔からラーメンのナルトが好きだ。ピンクのぐるぐる渦巻きにそこはかとない愛着を感じる。いちごのショートケーキでいちごが主役なら、旭葵にとってラーメンのそれはナルトだ。それを言うとチャーシューだろ、と言われるが、とにかく旭葵にとってラーメンの主役はナルトなのだ。  けれど今日はそんなナルトを見ても旭葵のテンションはイマイチ上がらない。 「なんだかやっぱあんまり元気がないな。ラーメン、別に今日じゃなくてもよかったんだけどな」  隼人は山のようにそびえ立つもやしのてっぺんを箸で突き崩す。 「それとも俺とデートしたかったとか?」 「とぼけたこと言うと奢ってやらないからな。だいたい女にモテる奴がなんでわざわざ男にいくんだよ」  隼人に問いながら、ほとんど旭葵の頭の中は一生で締められていた。 「別に男にいってる訳じゃないさ、俺は旭葵だから好きなんだ」  あまりにサラリと“好き”と言う言葉を吐く隼人と一生を比べないではいられない。  一生はまだ一度もそれを口にしていない。なくても十分過ぎるほど伝わっている。けれどそこにこだわっている自分がいた。それを言って欲しいのか、言って欲しくないのか、自分はどっちなのだろう。 「隼人の“好き”は軽いんだよ。だから信用なんねぇ」 「なにそれ、誰と比べて言ってんだよ」 「別に比べてなんてないよ」 「いいや、比べてるね」  隼人は箸を置いて旭葵を睨んだ。 「あいつか。あいつとなんかあったのか」  なんて鋭い奴なんだ。 「あ、ある訳ないだろ、一生と俺の間で何があるって言うんだよ。俺たちは小3の頃からの幼なじみで親友で、って、そもそも男同士で何があるって言うんだよ」  しゃべればしゃべるほど隼人の旭葵に向ける視線が尖っていき、墓穴を掘っていっているのが分かった。 「旭葵の心臓は脳みそでできてんのな」 「どういう意味だよ」  隼人は人差し指で旭葵の胸をつんと突いた。 「“好き”は脳みそで考えるものではなく、ここで感じるものなんだよ。ここが疼かない“好き”は食品サンプルみたいなもんで、そっくりで本物より美味しく見えるかも知れないけど、実際に食べてみると全く味がしないばかりか、食べ物でさえないんだよ」  そんな“疼き”を隼人は自分に感じているとでも言うのか。 「で、あいつと何があった?」 「だから一生とは何もないって」  自然と口元をぬぐってしまう。旭葵の心を見透かすような隼人の視線が居心地悪くて仕方ない。 「文化祭の最終日、旭葵、あいつのために上級生殴っただろ。教室に戻って来てから様子が変だったのは、その時あいつとなんかあったんだろ」  なんだ、そっちの“なんか”かと、旭葵はほっと胸を撫で下ろす。が、それを隼人は見逃さなかった。 「それとも他に何かあるのか」 「ない、ないないないないない」  旭葵は首をぶるぶると振った。隼人は疑い深い目つきを崩さない。 「おい、せっかく俺様が奢ってやってるラーメンが伸びるぞ」  旭葵は隼人の視線を無視してラーメンを頬張った。隼人は不満そうにしていたが、やがて自分もラーメンを啜り始めた。

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