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第66話
バスの窓から宵闇に浮かぶ海と空を眺める。
一緒に帰ろうというメッセージを最後に、一生は何も言ってこない。いい加減、旭葵が一生を避けていることも分かっているだろう。
肝試し大会の夜の後、一生は何事もなかったかのように振る舞った。けど、今回はそういう訳にはいくまい。
一生は旭葵と話をしたがっている。いつまでも逃げ続ける訳にはいかない。分かってはいるけど、もう少し時間が欲しい。
情けないため息が出た。
バス停に降り立つとすっかり海は夜に飲み込まれていて、冷たくなった海風に旭葵は肩をすくめた。
今日、お婆さんは老人会主催のカラオケ大会に行っている。多分帰りは遅い。明かりのついていない家の門をくぐろうとしてギクリと足が止まった。
暗い玄関の前に一生が立っていた。
「お、驚かせるなよ一生」
一生と会った時の最初のセリフをぐるぐる考えていたが、結局それらのどれでもない言葉を咄嗟に発することになった。
「今までどこに行ってたんだよ」
低い怒気を含んだ声だった。薄暗い中でも一生の怒りに満ちた眼光が分かる。
これがラストダンスでキスを交わした相手に取る態度か?
旭葵は後夜祭のあの夜からずっと自分のこと以上に、一生のことを考えていた。
次に会った時一生は自分に謝ってくるのか、または全てなかったことにしようとするのか、それとも、ちゃんと告白をしてくるのか。
まさかこんな怒りをぶつけられるとは夢にも思わなかった。あんなふうにキスされて、怒るのだったらそれは自分の方だろう。それとも一生のメッセージを無視し続けたことがそんなに頭にくるのか。状況が状況なんだからそこは少しぐらい旭葵の心境を察してくれてもいいではないか。
想定外すぎる一生の態度に旭葵の方でも軽い怒りが湧いてくる。旭葵は一生の横を素通りして玄関の鍵を開けた。
「隼人とラーメン食べに行ってたんだよ。今日は婆さん老人会でいないし」
一生が隼人を嫌う理由が今ならよく分かる。旭葵を好きだという気持ちを隠さない隼人。隼人は一生にとっての恋敵だったのだ。隼人と一緒にいたと言うと一生の機嫌がもっと悪くなるのは分かっていた。が、かまいやしなかった。
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