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第75話

「つか、一生のスマホに旭葵の写真やらメッセージのやり取りやらいろいろあるだろ」  隼人がパチンと指を鳴らせ、大輝と湊も一生に注目する。 「それが……」  一生のスマホは事故で一生共々吹っ飛ばされ、未だに見つかっていないとのことだった。  再びその場が沈黙に支配されそうになる。 「まあまあまあ、写真なんかより本人に会うのが一番だし、その前に思い出すだろ。だって俺や湊、ましてや夏前に転校してきた隼人のことまで覚えてて、一生が旭葵を忘れるはずないだろ。それより病院食って美味い? どんなのが出んの?」  大輝はその場を取り繕うように、わざと明るい声を出し、話題を変えた。大輝なりに気を使ったのだろう。  それから面会時間が許されている時間まで3人は旭葵の話題が出ないよう細心の注意を払いながら過ごした。 「じゃ、明後日学校でな」  ベッドの一生に3人は手を振り病室を出る。エレベーターホールまでの廊下を3人は無言で歩いた。 「大輝君に湊君、それに隼人君」  一生のお母さんがナースステーションから出てきた。 「一生のお母さん、一生が旭葵のことを……」  湊がすがるような声を出した。 「やっぱりダメだったのね」  一生のお母さんは失望を隠そうとしたが上手くいかず、困ったような笑顔を浮かべた。 「そうなの、一生は旭葵君の記憶だけがないみたいなの。大輝君や湊君と会って話しても思い出せなかったのね……」 「誰か1人だけのことを忘れるなんて、そんなことあるんですか?」  訊いたのは隼人だった。 「現代医学でも分からないことはまだまだたくさんあるのよ。心理的なものが関係している可能性もあるし。ねぇ、一生って最近、旭葵君と喧嘩でもしてたのかしら」  3人は顔を見合わせた。 「喧嘩っていう喧嘩はしてなかったとは思いますけど……。ただ、今日、旭葵が僕たちと一緒にお見舞いに来なかったのはちょっと変かなと」  湊は大輝と隼人に意見を求めるように視線を送る。 「うん、俺もそれ絶対おかしいと思った」  大輝が大きくうなずく。隼人は腕組みをして何か考えているようだった。 「それがね……」  一生のお母さんは何か言おうとして口を閉じた。 「やっぱりいいわ。これは旭葵君に直接伝えた方がいいと思うから。それに検査ではどこにも異常がないの。たぶん一時的なものだと思うから、あまり周りも深刻にならない方がかえって一生にはいいかも知れない。もしかすると明日の朝には思い出してるなんてこともありえるしね」  さっき大輝が言ったことと似たような希望的推測だったが、看護師のお母さんが言うとなんだか信憑性がある。  3人は一生のお母さんに別れを告げるとエレベーターに乗り込んだ。ガタンと大きく振動して点滅する数字が落ちていく。 「なぁ、旭葵になんて言う?」  大輝は顎を上げ、目で数字を追いながら呟いた。 「それだよなぁ」  それだけ言うと隼人は黙った。  結局3人は答えを見つけられないまま、その日は別れた。

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