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第80話

 旭葵が1週間身を削るようにして悩んでいたのはなんだったのだ。いや、1週間じゃない、もっと前、あの肝試し大会の夜からだ。  こんなに簡単に他へ行ってしまえるのなら、なんで自分を抱きしめたりなんかしたんだ、なんでラストダンスを踊ってくださいなんて言ったんだ、なんで、なんでキスなんかしたんだ。  胸の中を大型台風が吹き荒れているようだった。 「なんで、あんなことをしたんだよ」  旭葵は頭を抱えるようにその場にうずくまった。  うす暗い畳の上を転がっていったシャツのボタン。一生の荒い息遣い。口の中に広がる苦い血の味。  こうやって女の子と付き合えるなら、なぜ今まで築いてきた自分たちの友情を壊すようなことをしたんだ。  こんなことになると分かっていたら、あの時もっと殴っていたのに。今からでも遅くない。これから一生を殴りに行こうか。殴って殴って、殴り飛ばして、土下座して謝らせて……。  違う。旭葵がしたいのはそんなことじゃない。九州から帰ってきた時、自分は一生にどんなふうにして待っていて欲しかったのだろう。  今回のようなことでないのだけは確かだ。  一生を事故に遭わせたのは自分なのに、それほど一生を追い詰めながら、旭葵は一生にどうあって欲しかったのだ? 『おまえとは絶交だ!』  突き放したのは旭葵だった。今さら一生のすることに口を出す権利があるのか?   ない。頭では分かっている。けど……。  公開恋人宣言と暗闇の中で吐き出された秘められた想い。  2人の知らなくてよかった扉を開けたのは一生なのに。そこへ旭葵を引っ張ったのは一生なのに。  一生だけが明るいところへ行ってしまったような気がした。旭葵を置き去りにして。  吹き荒れる風が扉を激しく揺らす。  ならば旭葵もそこから出ればいいだけの話だ。なのに……、身体が、足が、うまく動かない。  心が音もなくバラバラになっていくようだった。    スマホを覗き込んでいた湊が顔を上げた。 「旭葵、職員室に寄ってくるって」 「俺は本当のことを言った方がいいと思うけどな」 「隼人、それは3人でもう決めたことだろ」  大輝が軽く舌打ちする。  結局旭葵が旅行から帰ってくる1週間で一生が旭葵を思い出すことはなかった。 「とりあえず一生に旭葵を見せよう。それでも一生が旭葵を思い出さなかったら、そのとき旭葵に本当のことを知らせよう」  湊はすでに何度もこうやって隼人を諭していた。  病室で一生に旭葵の写真を見せることができなかった3人だったが、湊の妹が撮ったチャランゴを弾く旭葵の動画や、昔のアルバムに子どもの頃の一生と旭葵の写真があることにはあった。そうでなくとも、文化祭で女装した旭葵を写真に収めていたクラスメイトが多くいた。  けれど変に昔の写真や女装に南米衣装と、仮装した旭葵を見せるのは一生の記憶を混乱させて逆効果じゃないかということになった。    生の旭葵を見せるのが一番。  3人はその結論に至った。

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