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第82話

 旭葵はこの匂いが嫌いじゃない。けれど今は外の空気に触れたい気分だった。窓を開けようと近づくと何かに蹴躓いた。  キャンバスを乗せた木製イーゼルで、その拍子に立て掛けてあった絵が旭葵に向かって倒れてきた。 「うわっ」  気づいた時にはもう遅くて、ゆっくりと胸からキャンバスを引き剥がすと、制服の白いシャツにべっとりと青い絵の具がついてしまっていた。  油絵なので水だけではもちろん、石鹸や洗剤を使ってもなかなか綺麗には落ちない。 「もう、なんだっていいや」  旭葵は窓を開けると息を吸い込んだ。空は高く雲一つない。まさに秋晴れといった感じの、静かで美しい日だった。  なのに旭葵はずぶ濡れだった。  誰もいない校庭が白く光っている。この世界で、自分以外が全て穏やかで安らいでいるように思えた。  旭葵は窓際に椅子を一列に並べるとその上に寝そべった。目を閉じると校舎のざわめきがよく耳に入ってくる。  この中に一生と激カワちゃんの声も混じっているのだろうか。2人はどんな言葉を交わしているのだろう。  旭葵は耳を手で塞いだ。  今は何も聞きたくない、何も見たくない。何も考えたくない。  ただ、今はみんなと一緒にいるのが苦しかった。これ以上無理に笑おうとすると、自分が壊れそうだった。 「なんだか疲れた……」  旭葵は意識をそっと閉じた。

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