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第86話
大輝のポケットでスマホが振動した。帰りのホームルーム中だったがこっそりとスマホを机の下に移動させた。隼人からのメッセージだった。
――大輝、今度こそ旭葵を見逃すなよ。
大輝はすぐに返信する。
――そっちこそ。
そこへ湊のメッセージが入る。
――僕もちゃんと一生を捕まえる。
昼休み、旭葵を一生に見せるという3人の計画は見事に撃沈した。
昼休みに入って早々、大輝と隼人は旭葵の姿を見失った。隼人が旭葵に電話をかけると、聞き慣れた旭葵の着信音が旭葵の席から聞こえてきた。机の横にかけられた鞄の中からだった。
湊は一生を連れてくる担当だったが、こっちもこっちで一生を捕まえることができなかっった。
一生のクラスメイトから一生は激カワちゃんの所じゃないかと教えてもらったが、激カワちゃんからは一生と連絡が取れないとブスくれた顔で告げられた。
結局旭葵は昼休みが終わっても戻って来ず、5時限目の途中で教室にこっそり忍び込んで来た旭葵のシャツは、青い絵の具のようなものでべっとり汚れていた。
そして放課後、またもや3人は旭葵を見失ってしまった。旭葵の席が誰よりも出入り口に近いのもよくない。
湊が旭葵に電話するが繋がらない。その横で隼人と大輝が悔しがっている。
「別に今日じゃなくてもいいよ」
一生は教室の時計にチラリと視線をやる。部活の時間を気にしているのだろう。
その時、ふと窓の外に視線をやった大輝が声を上げた。
「旭葵だ!」
3人は教室の窓に駆け寄る。
「どこどこ?」尋ねる隼人に、
「花壇の所!」大輝が指差す。
「一生、早く」
窓から少し離れたところで立ち止まっている一生に湊は手招きする。一生は顔を曇らせ、気が進まないといった様子で窓際に歩みを進めた。
校庭を横切り、門の方に歩いて行く背中に向かって大輝が身を乗り出す。
「旭……」
「如月」
大輝より先に校舎から出てきた男子生徒がその背中を呼び止めた。
背中がひらりと振り返る。白いシャツが青で汚れている。それはまるで何かの印のようにも見えた。
秋の優しい太陽がきれいに旭葵の顔を照らした。
「一生、あれが旭葵だよ」
湊が一生の横で囁くように教えた。3人はそろりと一生の表情を読む。
一生の目がゆっくりと大きく見開かれると同時に瞳孔が生き物のように膨らんでいく。
「何か思い出したか?」
訊いたのは隼人だった。隼人の声が聞こえないのか、一生は旭葵に視線を奪われたまま動かない。
「青い……絵の具……」
一生自身、自分がしゃべっていると気づいていないような、心の声が漏れたような声だった。
その後は金縛りにあったようにピクリともせず、ただその瞳だけが爛々と燃えていた。
「おい、何か思い出したのかって」
微妙に苛立つ隼人を湊は無言で制した。
「参ったな……」
大輝がポリポリと頭をかく。
「うん……、だよね」
湊はわずかに肩をすくめた。ニヤニヤしているような困ったような顔で大輝と湊は顔を見合わせている。
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